
二十五日付けの新聞を見ていると、早くに死亡説もあったヴァイオリニスト諏訪根自子の死亡記事が出ていた。今年の三月に亡くなっていたそうだ。九十二歳。そのすぐ下の欄に永井英明さんの死亡も報じられていた。『近代将棋』(近代将棋社、一九五〇年創刊)の発行人だった方。テレビ将棋でも聞き手を永く務めておられたので将棋ファンなら知っている人も多いだろう。
つい先日、義父の将棋部屋を整理していて見つけた昭和五十九年頃の『近代将棋』と『将棋世界』(日本将棋連盟)を数冊持ち帰ってきた(これまで一度もそんなことはしていなかったのだが)。だからこの記事には不思議な符号を感じた。もっと古い号もあったはずだが、処分したのだろうか。近年は新聞形式の『週刊将棋』(マイナビ=旧・毎日コミュニケーションズ)をずっと購読していた。それも中止して何年にもなる。今はテレビ将棋を見るだけだ。
昔はよく教えてもらっていたが、『週刊将棋』を止めた頃から指さなくなった。義父としては二枚落ちから教えた娘婿に負けるのが癪なのだろうかとも思う。「駒を落として指してもらわんといかんようになるな」と言いつつ、それは絶対に嫌だったらしい。かつて大山名人と親しくしており、若い頃にはよく指導してもらったそうだ。「風呂敷包み抱えて大山さんがようきよったで」と聞いた。大山名人は岡山の人だから帰郷のついでにファンサービスで海を渡ったのであろうか。自身も全国大会で準優勝の経験もある。子供たちに将棋を教えていた期間も長く、小林健二九段も中学生の頃に通ってきていたそうだ。教え子には奨励会に入った子や女流プロになった子もいる。そういうプライドもあるだろう。もう少し指したいとこちらは思っているのだけれど、もう無理のようである。
『将棋世界』昭和五十八年新年号より「将棋雑誌の変遷」(越智信義コレクション)。この頁は明治から大正時代の将棋雑誌。こんなにいろいろ出ていたとは知らなかった。いちおう均一棚などで注意しているが、ほとんどおめにかかることはない。この号には古棋書専門の
アカシヤ書店の古書目録も載っている。
次は『将棋世界』昭和五十九年九月号。関東奨励会成績表。奨励会はプロの卵たちがリーグ戦を戦いプロをめざすところ。二十八年前である。この頁の右から三人目に羽生善治(当時初段)の名前がある。十三歳は周囲の年齢と較べると断然若い。羽生を追って1級に佐藤康光十四歳。2級には先崎学十四歳、森内俊之と郷田真隆が十三歳。この頁に三十二人の少年青年たちの名前があるが、プロとして残っているのはたぶん三分の一くらいだろうか。それにしても現在の名人(森内)と名人経験者が二名(羽生、佐藤)入っているというのは驚くべきことである。ちなみに当時の名人は二期目の谷川浩司(二十二歳)だ。
前月の『将棋世界』昭和五十九年八月号に郷田2級(現・棋王、九段)の写真と記事が載っていた。かわいい少年である。

一番上の写真、『将棋世界』の表紙は九手詰めの詰将棋(二上達也九段作)になってます。トライ!