
柏倉康夫『ノーベル文学賞 「文芸共和国」をめざして』(吉田書店、二〇一二年一〇月一日)。本日届いたばかりでまだほとんど目を通していないが、とても面白そうである。ノーベル賞に文学があって美術がないのがなぜなのか不思議だったが、単にノーベルの趣味の問題だったようだ。
バーナード・ショウは「ダイナマイトを発明したのは、まだ許せるとしても、ノーベル文学賞を考え出すなんて言語道断だ」(本書より)と言い放った。
《I can forgive Alfred Nobel for having invented dynamite, but only a fiend in human form could have invented the Nobel Prize.》
「a fiend in human form 人間の姿をした悪魔」これは「死の商人」とも考えられるノーベルへのあてこすりだろうか。
こうは言ったけれどもショウは一九二六年に同賞を受諾している。一九二五年に指名を受けていたのだが、固辞していた(辞退しても
一年間受賞資格はなくならないそうだ)。本書のショウの章をめくってみると一九二六年に《ロンドン駐在のスウェーデン公使は、ショウのスウェーデン語の通訳をつとめるミス・ローに協力を頼んだ。彼女はかつてショウの女友達の一人で、ショウに信頼されていた。努力のすえ彼女は説得に成功し、騒動は一週間目にようやくけりがついた》そうである。
ちなみに英語のウィキには《accepted it at his wife's behest: she considered it a tribute to Ireland.》妻が母国であるアイルランドへの手向けになるわよと説得(behest=命令!)したと書いてあるが、いずれにせよ女性に動かされたわけだ。賞金は受け取らず、スウェーデン文学の英訳に使うように求めたとのこと。
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