
『興農雑誌』第百三十二号(東京興農園、一九〇六年一月一日)。明治三十九年の正月号だが、創刊は明治二十七年。発行所の東京興農園は渡瀬寅次郎の興した種苗の販売会社である。渡瀬は沼津の産、札幌農学校で内村鑑三とともにクラークの薫陶を受けた。受洗して内村らと札幌基督教会を設立。開拓使御用掛、水戸中学校校長、東京中学院(関東学院)初代院長を経て「東京興農園」を設立した。東京、札幌、信州上田、沼津などに農園を作り種苗の通信販売を行った。そのカタログが『興農雑誌』であり、花巻農学校教師だった宮澤賢治も購読していたそうだ。
農業や園芸作物のことを調べている者には価値ある雑誌だろうが、当方はもっぱらイラストレーションの面白さで求めたのである。
表紙になっているのは極早生節成胡瓜と新種伊国最晩生甘夏蜜柑(バレンシアレートオレンジ)。バレンシアオレンジはふつうカリフォルニア産だが、伊国(イタリア)でも新種が作られていたようだ。下は二十世紀梨、これは東京興農園で昨年(明治三十八年)発売したと説明されている。甘藍(漢名)に「たまな」のルビ。キャベツ。
スペイン甘蕃菽(あまとうがらし)、白玉葱、極長大菜豆、西瓜凱旋。左頁の下に萵苣(ちしや=レタス)もある。
右頁に苜蓿(クローバー)など。左頁は草花で、ペチユニア、コスモス、麝香撫子(カーネーション)、三色菫、百日草など。
葡萄の部はなんと二十八種類。最上新種の核なしタムソン一本五十銭。桜桃も六種掲載されている。
新着洋梨の部。米国産の新洋梨ロスネー一本三十銭(十本二円)。ラ・フランスは明治三十六年に受粉用としてフランスから輸入されていたそうだが、この時代にはまだ一般的ではなかったようだ。

明治時代も末頃になると農作物や園芸作物がこれほどの多様性をもっていたのだ。この雑誌を手にするまで思いも寄らなかった。
興農雑誌 第83号