
絵葉書「曇り日のノートルダム マルクェー/仏蘭西現代美術展(一九二四)」。アルベール・マルケ(ALBERT MARQUET, 1875-1947)はボルドー出身。パリの装飾美術学校でマチスと知り合い、美術学校ではギュスタヴ・モローの教室でルオー、マンギャンらを知った。マチスらとフォーヴィズムのグループに参加したが、短期間でそこから離れ、独自の作風によってセーヌ河の四季の風景や地中海沿岸の海と町、人々を多く描いた。
大正十三年にカラー絵葉書になっているくらいだから日本人はマルケが好きだったのだろう。石井柏亭などの作風との関係も気になるところ。戦後には知る限りでも一九六〇年、七〇年、七四年、九一年と回顧展が開かれ、これらの他にも画商画廊で数多くのマルケ展があったようだ。
もう二十年以上も前になるが、銀座の某画廊に勤めていた知人が、顔の広いところを自慢するつもりだったのか、数寄屋橋近くの日動画廊の応接室に案内してくれたことがある。日動画廊は昭和三年創業、洋画商としては老舗である。表通りに面した画廊スペースでは個展だとかグループ展が開かれているのだが、その奥の応接室は要するに商談スペースで、そう広くはないものの壁にはかなり高そうな絵がポンポンと無造作に掛かっていた。
そのなかに「おやっ?」と思う絵があった。マルケの海の絵だ。それ以前からマルケは好きだったので「意外なところでお会いしましたね!」と話しかけたいような気持ちがした。周辺のギラギラした油絵とはほど遠い静かな風景が目にしみた。しかし、考えてみれば、案外と意外なところではなく、マルケは日本人受けのする作家だから一流の画商としては常に扱っておかなければならない作家だったのかもしれない。掛かっていて当然だったのだ。
マルケは一九〇八年にサンミッシェル河岸十九番地(Le quai Saint-Michel)のマチスのアトリエを譲り受けて一九三一年ドフィーヌ街に移るまで住んでいたようである。そう、だからこの上の絵も下の絵(「雪のノートルダム」一九一二年頃)もアパルトマンの窓から描いたものに違いない。下の絵葉書は「フランス美術栄光の300年」展のもの。
「ル・アーブルの市」(一九〇六年)、こちらは「フォーヴィズムと現代日本絵画」展の絵葉書。
そしてこちらは「セーヌ河のポンヌフ、霧の印象」(一九〇六年)、ポンピドーの売店で求めた。

水墨画のおもむきがある。おそらくそれは偶然ではなく、意識して東洋絵画の効果を取り入れたはずだ。だから日本でも受け入れられ易かったのかも知れないと思ったりもする。
Tableaux de Albert Marquet
http://www.ricci-art.net/fr/Albert-Marquet.htm
アルベール・マルケの海(ボルドー美術館展から)