古本好きの間でこのところ話題になっている『アイデア 日本オルタナ出版史1923-1945 ほんとうに美しい本』(誠文堂新光社、二〇一二年八月一〇日、表紙デザイン=白井敬尚)を入手した。言うまでもなく往年の『別冊太陽 本の美』(平凡社、一九八六年)を連想させる内容だが、美と本というキーワードは使っていても「装幀」という観点ではなく、編集人あるいは発行人によって区分したことで、また新たな風景が眼前に現われたという感を深くした。
書物の外観だけを問題とせず、版面や奥付、書き込み、挟み込み、内容見本などのツキモノにまで目配りを怠らないばかりか、原稿や自筆の品々までも周到に図版として取り入れたセンスは古本者ならではのこだわり。
平井功纂輯の『游牧記』第一巻第四・五冊(一九二九年)奥付。
本誌に協力している扉野良人氏が『ドノゴトンカ』という雑誌を編輯発行しているが、その元版の『ドノゴトンカ』(ドノゴトンカ発行所、一九二八年創刊)がこちら。
驚いたのは
秋朱之介が既存の詩集の上に自らの詩を直筆で書き込んだもの。その一作を図版から引き写してみる。
中原中也
アテネフランス[ママ]の学生で
ランボー気どりのかつこうで
出版屋に訳詩を売りこんでいた
中原中也と
いう少年が
持ち込んできたランボーの学生時代の詩集を
[消=私は]日本で
最初に私
がこさえた日本限定版クラブの一冊として
刊行してやつた、
その印税で
私は彼と千葉の船橋というところに
遊びに行つて酒をくんで
二人の持金全部を使い果たした、
かへりには
二人共無
一文なので船橋から東京迄気[ママ]車のレール伝いに歩いてかへつた、
東京に着いた時は二人共つかれと空腹で
へとへとになつたことを半世紀後の今日になつても
忘れない、
中原は死ん
で詩集や
伝記まで出ているが、最初の本がどんないきさつで
出版された
かということなど、伝記のどこにも出ていない、
まさにオルタナ魂だな、これは。
その秋朱之介が出版した『ヴエニュス生誕』(裳鳥会、一九三四年)。佐野繁次郎の絵。
こちらは中野書店『古本倶楽部』255号「特集・探偵は古本屋に居る。」(二〇一二年九月)より。巻頭カラーページがさすが中野さんという品揃え。そのなかに佐野装幀本が二冊出ていた。
『甲虫殺人事件』のカバーがこんな図案だったとは知らなかった(!)