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ニヒリスト![]() 松尾邦之助編『ニヒリスト 辻潤の思想と生涯』(オリオン出版、一九六七年一〇月三〇日)。口絵写真より。大正六年三月三十四歳と記録されているそうだ。長男一(まこと)を連れている。本書の年譜を見ると大正四年に同棲していた伊藤野枝が家出して大杉栄の元に走った。以後下谷北稲荷町に住いを構え「英語、尺八、ヴァイオリン教授」の看板を出した。執筆や翻訳も次々と発表し始め、マックス・スティルナーの翻訳に没頭していた時期でもある。 岡本潤がスティルナー体験を回想してこう書いている。一九二〇年代初め、某私立大に籍を置いていた岡本は学校へ行かずごろごろしたり、乱読したり、安酒場へ通ったりしていた。たまたま丸善の洋書部で『The ego and his own』という英訳本を見つけ「All things are nothing to me !」というフレーズにひきつけられた買って帰った。しかし難解で歯が立たなかったが、辻潤の翻訳があるのを知って対照しながら取り憑かれたように読み進んだ。 《唯一者=個性以外になにものをも認めないとする独存在論者のいわゆる創造者的虚無が、ぼくのむなしい青春にしみついたのである。辻潤の翻訳は「万物はおれにとって無だ!」という訳文からして、スティルナーにふさわしいものだと思った。》 岡本はその後、南天堂書店二階のレストランなどで辻潤と接触するようになる。 《かれの翻訳・紹介した外国の文学者も、デ・クィンシー、ジョージ・ムーア、ユイスマン、ヒュネカー、トリスタン・ツァーラといったかれ好みの奇矯な連中や、いわゆるマイナー・ポエットばかりである。世評での「一流」の大作家には目もくれず、小つぶでも独自なものを選んだところに、スカラー・ジプシーを自任する辻潤の真面目があったといえるだろう。》 そうか、辻潤は日本のアンドレ・ブルトンだったか……違う? 「思い出」のなかでは画家・作家の片柳忠男が辻まことについて書いているのが面白かった。荏原町に住んでいいた頃、辻潤の家から歩いて二分くらいだったため、辻親子がよく遊びにきた。奥さんがまことを可愛がっていた。 《彼は多いにいたずら坊主であり、あるときなど、私の家で飼っていたボビという名の真黒な犬の目のまわりに片方は赤の輪、片方は緑の輪を太く描き入れ、また体にいろいろ色をぬりつけ、まことに妙な犬にしてしまったこともあった。 そして、それをつれて歩いて大得意であった。それは、どこの犬もみんな逃げてしまうというのが彼の説明である。 彼はこの頃から絵についての才能を持っていたのだ。私の絵の具箱から油絵具を持ち出すのも彼の仕業であった。 辻家は、かなりこみ入っていたようだが、彼はまことに朗らかな少年だったのである。》 辻潤が荏原に住んだのは昭和四年。まこととともにパリから帰った年で、まことは十六歳のはずである。十六でこんないたずらは……。 ![]() 松尾邦之助の肖像は画像検索してもあまりヒットしないようなので、これを掲げておく。一九二二年から四六年までパリを中心に活躍したジャーナリスト。辻潤はもちろんのことフランスへ渡った多くの日本人が世話になっているようだ。
by sumus_co
| 2012-08-19 20:38
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