季刊雑誌『大阪春秋』が宇崎純一特集を組んでくれることになった。そのために原稿を依頼されているのだが、どうも進まない。スミカズの画業というのはどういう位置にあったのだろうか、それが良く分からない。そこで渡辺与平と比較するために
『長崎の美術3 渡辺与平展』(長崎県美術館、二〇〇八年)を入手した(某古書店ではけっこういい値段で出ているが、美術館にまだ在庫がある)。
与平はスミカズと同年の明治二十二年十月十七日、長崎市生まれ。京都市立美術工芸学校を卒業して上京、太平洋画会研究所に通った。明治三十九年頃からコマ絵(新聞や雑誌に掲載するカット)を発表し始め、四十一年には文展に入選。四十二年、渡辺ふみ子と結婚。四十三年『コドモ 絵ばなし』(一致堂書店、青裳堂書店)、『ヨヘイ画集』(文栄閣書店、春秋社書店)を刊行。四十四年の年末頃から体調を崩し、四十五年六月九日肺炎により死去。コマ絵画家として竹久夢二と人気を競っていたが、あまりにも早い死のために長らく忘れ去られていた。
同時代を同世代として生きたスミカズも二人の影響を強く受けただろう、とくに渡辺与平に共感するところが強かったのだと思う。さて、下に当時のコマ絵を並べてみた。一点を除き、与謝野晶子文芸館のスミカズ展に出品されている大正時代のスクラップブックから(兵庫県歴史博物館蔵)。スミカズ、与平、夢二、プラス1の四人の画家の作品である。最後の四点は同一作者(四点に共通するこのサインはこの画家としては異例のものと思うので、あえて並べてみた)。答えは明日。




