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ある昭和庶民の軌跡/かんだ寺澤正夫『ある昭和庶民の軌跡』(私家版、一九八九年五月三〇日)。カバーと口絵に佐野繁次郎の油彩画が色刷りで掲載されている。佐野集成には記載されていない。Mさんが日記に書いておられたのであわてて入手した。 《本書の口絵「無題」は、昭和十年(一九三五)佐野繁次郎画伯から贈られた記念の遺作です。 氏は大阪船場の老舗に生まれた生粋の浪速ッ子、美校を卒へ、フランスに留学、親友佐伯祐三・米子夫妻らとバリで画業に精進、一九三〇年帰朝以来各方面で活躍、二科会・二紀会の重鎮としてジャーナリズムの寵児でもありました。私は記者時代から交遊を重ね、公私ともに多くの文学的示唆を与えて頂きましたが、氏は昭和六二年(一九八七)暮、八十七歳で他界されました。しかしその朴[ママ]報は、遺言により一切公表されないまま今日に至っています。昨年の十二月熱海水口園に居られる未亡人に思い出の絵の所有をお伝えし、お許しを得て、本書の巻頭に飾ることができました。謹んで佐野繁次郎画伯のご冥福をお祈りする次第です。》(序にかえて) かなり間違いの多い紹介だが(美校には入ってもいないし、パリへ行ったのも佐伯歿後)、臨終に関する情報は貴重であろう。巻末年譜によれば寺澤正夫は一九〇七年一月大阪市南区木津生まれ。一九二九年、新潮社入社。図書出版部、雑誌編集、新興キネマ大泉撮影所宣伝部、日本ビクターレコード、ボリドールレコード文芸部デレクターなどを勤めた後、藝能プロダクションを主宰。一九四一年、日立製作所に入社。戦後も日立および関連会社に勤めていたようだ。 《佐野繁次郎には、長く交遊を乞いいろいろの方面で沢山の制作を頂いた。文学雑誌「文学時代」の表紙には創刊以来毎号華麗なタッチで飾ってくれた他、単行本の装幀や挿画など多かった。 特に東京日日新聞に横光が連載した『寝園』及び『旅愁』の挿画、日本画風の水墨画を取入れ新聞ジャーナリズムを圧倒した。彼は若い時から文才にも優れ、「三田文学」に創作を発表した。》(「世田谷に住んだ文人墨客覚え書」) 「旅愁」の新聞挿絵は藤田嗣治である。まだ全部読んでいないので佐野が他に出ているかどうかは分からないが、体験談はともかくとして、事実関係についてはちょっと雑な書き方なので注意が必要だ。 * 『かんだ』季刊・夏二〇七号(かんだ会、二〇一二年六月三〇日)。かんだエッセイ「神保町彷徨(2)吉田健一蒐集記」西村義孝掲載。佐野本蒐集家として名高い西村氏は吉田健一のハード・コレクターでもあった。とくに吉田健一が署名して献呈した本を網羅的に集めるという最もハードルの高いコレクションを目指していたそうだ。七十八人、百七十冊ほど集めたという。宛名が違えば同じ本でも買い求めることは言うまでもない。 ところが佐野繁次郎を二〇〇〇年から集め始めたため、それらの吉田健一署名本が軍資金に変って行った。《署名本は佐野本へ化け、いまでは署名本は二十冊もありません》とか。残したのは草野貞之宛『でたらめろん』、白洲正子宛『シェイクスピア』、河上徹太郎宛『交遊録』、三島由紀夫宛『残光』など。 現在は吉田健一が寄稿している雑誌や資料(非売冊子、全集見本、帯の推薦文など)がターゲット。全集未掲載の著作全集を作るのが目標だそうだ。これはかなり難関のようにも思えるのだが、西村氏なら相当なレベルまで集めてしまいそうだから恐ろしい(?)。 なお、その西村氏が二十年来探していながら見つからないのが『若い人々のために』(池田書店・人生叢書七、一九五四年九月三〇日発行)だとか。ありふれた本の方が見つけにくいらしい。 *
by sumus_co
| 2012-07-14 20:56
| 佐野繁次郎資料
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