インド細密画の素描(下絵?)を入手した。おそらく元の持ち主だと思うが「Kangra school 18C(1970.1 印度ニューデリーにて)」というメモを張り付けている。カングラというのはインドの北部、パキスタンとチベットに挟まれたヒマチャル・プラデシュ州にある町のようだ。広く言えばラージプト絵画(パハリ絵画とも。パハリは山地を意味する)に含まれる。
畠中光享『インド宮廷絵画』(京都書院、一九九四年)によればインドミニアチュール絵画の展開は以下のようなものだった。
《長い伝統を持つインドミニアチュール絵画は、仏教やジャイナ教経典挿絵をへて、16世紀にペルシャ絵画の影響を受けてムガールスタイルで展開し、ラジャスタンやパンジャブ地方とヒマラヤ丘陵地帯で花を咲かせた。そしてカングラ地方で最もロマンチックな形へと発展し、十九世紀末頃にはそこにおいてインドミニアチュール絵画は滅びる。》
ただ、しかし、この絵柄(横顔全体の形や眉、目の描き方)がメモの示すように「カングラ派」なのかどうかはすぐには断定できないように思う。畠中氏の著書の図版からすればビラスプールの方が近いような気はするのだが、そのビラスプールというのもカングラの少し南方の町(現在はダムの中に沈んでいるという)だったわけだから、カングラの影響圏内だっただろうということは想像できる。その意味では「カングラ派」でも間違いではないようだし、素人にはほとんど判定不可能である。
よく見ると最初に鉛筆(木炭?)のようなものでごく大雑把なガイドラインが描かれている。つぎに薄墨を用いて人物や調度の輪郭を描く。薄い彩色を施す。やや決定的な輪郭を描き加え、顔などは細かいタッチで塗り込む。さらに最終的な輪郭を加える。とくに中央の貴婦人はかなり描き込まれている。腕のラインには修正のホワイトが見える。毛髪など極端に細かく、表情は集中して仕上げられている。これは下絵なのか、それとも途中で放棄されたのだろうか。一人の絵師が描いたのかどうかも不確かである。人物の上体の衣服にオレンジ色の二本線が描かれているが、これは模様というよりも何かの指定かもしれない。やや雑なところも見受けられるが、まずは相当な腕前の絵師には違いない。
ごく安い価で求めたのだが、額装、いや表装してみると、ぐっとよく見えるかもしれない。ただし表具代の方がずっと高くつくだろうなあ。
インド細密画は以前にも紹介したことがある。
http://sumus.exblog.jp/11872893/