
「すべての僕が沸騰する 村山知義の宇宙」展より村山のコラージュ作品「ニイッディー・イムペコーフェンに依つて踊られたる"御意のまま"」(1922-23)。ニイッディー・イムペコーフェンは村山がベルリンのドイツ劇場で一九二二年九月末から十月初めごろに観て惚れ込んだダンサーの名前、ニッディー・イムペコーフェン(NIDDY IMPEKOVEN)。彼女の写真も展示されていた。

左上『デア・シュトゥルム DER STURM』十三巻二号(一九二二、表紙画=ルイ・マルクーシ)、右上『デア・シュトゥルム DER STURM』十三巻六号(一九二二、表紙画=ペーリ・ラースロー)、左下、カシャーク・ラヨシュ、モホイ=ナジ・ラースロー『新しい芸術家の書』(一九二二)、右下『第一回ロシア美術展』カタログ(一九二二、一九六二年復刻版)。ベルリンに村山が到着した時期の芸術の動向を示す書籍類。

左上・中『マヴォ』第五号出版予告・申込書(一九二五)、右上『マ MA』四巻五号(一九一九)、中左『ノイ noi』3/4号(一九二三)、中中『ヘット・オヴァージヒト HET OVERZICHT』(一九二五)、中右『ゼニート ZENIT』(一九二五)、下左『インテグラル INTEGRAL』(一九二五)、下右『デ・ステイル DE STIJL』七巻七七号(一九二六)。帰国後の村山らが始めた雑誌『MAVO』と交換したりもしたという同時代の海外雑誌。

エーリヒ・ヴィーゼ『アレキサンダー・アーキペンコ』(一九二三)。村山がデア・シュトゥルム画廊を通して知り、影響を受けたというアーキペンコ。この同じシリーズの本を以前このブログで紹介したことがある。
『GUSTAAF DE SMET』JUNGE KUNST BAND 38
http://sumus.exblog.jp/6196307/

「村山知義の意識的構成主義的第3回展覧会」目録。《喫茶店 鈴蘭にて/東京小石川東青柳町六・音羽護国寺前》という記述に注目!
「MAVO」と縁の深い小石川・護国寺前の「カフェー鈴蘭」
http://sumus.exblog.jp/17940119/
以上、個人的な興味に従って気になった図版を紹介しただけだが、見飽きない図録である。