
先日紹介した
『「日本文化研究会」会報』四号の「研究会活動報告」に武朝保(ぶちょうほう)こと平塚飄斎の「嵐山花見行」を輪読するという記事があり、こう書かれていた。
《森銑三氏はその著「平塚飄斎の研究」で、これを花見の実景と取り、そののどかな趣きを佳としているが、これでは狂詩としての面白みを欠く。表題からして「あらしやば(嵐山)=初体験」「花見行=女郎買」といった裏の意味を下敷きにしている。》
なるほどそういうこともあるか、と思って、柏木如亭「如亭山人遺藁」(新日本古典文学大系64、岩波書店、一九九七年、揖斐高校注)を繙いていると、上のような文章が目に留まった。注を読むと、花見を愉しみにしている様子としか解釈されていないが、語句がやや不自然というか、わざとらしいような気がする。ここでも「春遊」は「登楼」を指していると考えた方がよさそうだ。例えば、作者は思いを馳せるのだ、
思馳梅谷呉綾裏
神往桃山蜀錦辺
呉綾や蜀錦(いずれも奇麗なおべべ)に隠された梅谷や桃山に(註では実際の伏見の地名とされているのだが、ま、まじめに読めばそういうことになりますか)……言わずもがなだろう。