

目録以外にもこのような『石神井雑信』というペーパーも石神井さんは作っていた。上は一九八四年師走。
《さて、古書目録はどうしても必要事項のみの並列に終始してしまいーーそれで充分なのかもしれませんが、しかし何かおもしろくない、という気がしておりました(作る側として、という立場から視てもそうなのですが)。そこで、「石神井雑信」なる、いわば目録にとって不必要な部分を集成した「古書雑談」を一枚今後速報に添えてみようかと思いました。》
ということで、この雑信では出版広告、内容見本について述べられている。龍星閣の川島理一郎『旅人の眼』、アオイ書房の北園克衛『サボテン島』の広告、日夏耿之介監修の襍誌『戯苑』の刊行案内書。そして次号では『游牧記』について触れるとある。残念ながら第二号は借覧した目録類の中には含まれていないようなのだが第三号(一九八五年夏)には「襍誌游牧記趣向書」の内容が公開されている。


それによれば、平井功は『游牧記』発刊に前もって第一書房主長谷川巳之吉に同書房の雑誌『パンテオン』の読者名簿を利用したいと申し出た。一旦は快諾した長谷川が、案内状を印刷していざ住所を写す段階になって、営業上の秘密だとして拒絶に転じた。では『日夏定本詩集』の購読者名簿を見せてくれと平井が頼んだけれど、それも断られた。平井は怒り心頭に発して長谷川に絶縁状を送りつけた、というようなことが書かれているそうだ。というふうに、すこぶるおもしろい「石神井雑信」だが、さて何号出たのだろうか? 以下参考までに目録の表紙をいくつか掲げる。

六号(一九八五年師走)

七号(一九八六年夏)

八号(一九八六年晩秋)

十二号(一九八八年皐月)

十六号(一九八九年二月400部発行)

十八号(一九八九年文月)

二十一号(一九九〇年弥生)

二十七号(一九九一年葉月)
なお十六号と十八号の画像は表紙の裏面(表4)である。表1には小さくタイトルが組まれている。二十一号になるとレイアウトの感じは現在の目録とほとんど同じと言ってもいいようだ。毎号四百部発行とも思えないけれど、いずれにせよ貴重なドキュメントである。