
岡崎武志『ご家庭にあった本』(筑摩書房、二〇一二年三月一五日、デザイン=石丸澄子)読了。「あとがき」の最後の行の終わり一文が、《いやあ、疲れました。》である。まったくこの言葉通りタイトルから受ける軽い感じとは違った、良い意味で期待を裏切られたような、しっかり書き込んだ内容になっている。
岡崎本初期の古本遊びが楽しくてたまらいという雰囲気を残しつつ、ガードを固めたというか、知識の勘所を押さえた、何枚も脱皮した岡崎武志がここにいる。感嘆したのは次の文章、古本歴三十年の岡崎氏はこう自分を戒める。
《これではいけない。ときどきは、無駄についた知識の荷物をふり落として、リフレッシュすることも必要だ》(「原弘とサルトル」)
たしかに、ながく古本を触っていると、無心に接して、素直に驚く瞬間が、徐々に失われてくる。だんだん深く狭くなって自縄自縛に陥る。これではいけない。
スルドイ指摘だと思ったのはこちら。
《ちゃんと調査したわけではないが、日本の文学において、もっとも早く「電気」を理解し、それを創作に取り込んだのは宮澤賢治ではないか。》(「電気のふしぎ」)
すぐに思い出したのは先日見たばかりの
賢治の水彩画「月夜のでんしんばしら」である。これはまさに電気賢治そのものだ。科学用語を意識的に使っているのは明瞭な特徴なのだが、当然ながら電気にも人並み以上の興味と理解を持っていたに違いなかろう。《ちゃんと調査》したら面白いだろうなあ。
それから、あっ! と思ったのは《最初、ブロンド美女のブロンディは未婚だったが、ダグウッドという夫を持ち》(遠いアメリカを描いたマンガ)の「ダグウッド」という名前。そうだったか、「奥様は魔女」の亭主ダーリン・スティーブンスを目の敵にしているサマンサの母エンドラが、ダーリンに会うと、必ず名前を間違える、そのときたいてい「ダグウッド」と呼びかけていたのを覚えている(日本語吹き替えなので元版はどうなのか知らないが)。ブロンディに引っ掛けていたのか…。
知らなかったと言えば、フランソワーズ・サガンの 『一年ののち』(Dans un mois, dans un an、朝吹登水子訳、新潮社、一九五八年)がそんな稀覯書だとは知らなかった。
《私は常時数十冊の探求書を、日ごろ使っている手帳にメモしているが、この日、あらたにサガン『一年ののち』と書き込んだ。あとは日々の修業(古本屋回り)で探すだけ。》
氏はこれをいとも簡単に見つけてしまう。
《ところが、探し始めて数週間後、中央線の某店の均一台で、単行本のほうが当たり前のように見つかった。このときは血圧が上がりました。函の背が少しへこんで破れてはいたものの、値段は百円。》(「サガンよこんにちは」)
もうひとつ、「学生運動とジャズ喫茶」にも教えられた。高野悦子『二十歳の原点』(新潮社、一九七一年)がそんな喫茶店資料だったとは。あまりに売れているのでこれまで手にも取らなかった。これから気をつけておこう。
《こんなふうに一冊の本との出会いが、さまざまな見知らぬ世界の窓を開けてくれる。世の中には、まだまだ知らないことがあまりに多い。古本はそのことに気付かせてくれる。》
名言です。