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探訪記者松崎天民![]() 坪内祐三『探訪記者松崎天民』(筑摩書房、二〇一一年)はとにかくいろいろな意味で面白い本だった。上の写真は本書より「自宅での松崎天民」。帯に《その足蹟を追った傑作評伝》とある。残念ながらその文字通りの意味では首肯できなかった。評伝ではない。きっと著者もそうは思っていないだろう。 例えば《天民松崎市郎は明治十一年五月十八日、岡山県美作国落合町に生まれた》(p26)とさらりと書かれている。しかし明治十一年に落合町は存在しなかった。真島郡垂水村と向津矢村が合併して落合村となるのが明治二十二年六月、落合村が町制施行により落合町となったのは明治三十年五月。この一行だけでも評伝として読んではならないことが分かるのではないだろうか。 では、この本は何なのか。288頁に天民の小説「淪落の女」についての解釈が展開され、その結論としてこういうことを著者は書いている。 《先に私は、この作品は小説としては破綻していると述べた。 しかしリアルタイムでこの文章を読んだ人たち、特に天民の愛読者たちはこういう描写や台詞にかなり興奮したことだろう。 と、こう書いている内に、このような手法(フィクションの中にプライベートな声を挿入して行くこと、あるいはあまりにもプライベートな声で描かれたノンフィクション)は何か[二文字傍点]に似ていることに気づいた。 そう、トム・ウルフやハンター・トンプソンのニュージャーナリズムだ。 松崎天民はやはりニュージャーナリズムの先駆だったのだ。》 この文章はそっくりそのまま本書に(いや坪内氏の著書全体に)当てはまる。「探訪記者坪内祐三」なのである。かつて小生は「坪内祐三の声」というエッセイを書いた(初出は『ARE』第九号、『古本デッサン帳』に収録)。すでにそこで以下のように決めつけている。 《坪内氏の文章の特徴は〈私語り〉にあろう。その体裁が書評、評論、エッセイ、伝記のいずれであっても、氏は自分自身をまたは自分自身の体験を語りながら事物との関係を決定していくというスタイルを終始とっている》 逆に言えば〈私語り〉が評伝としての完成への大きな障碍となっている。とはいえ、森鴎外の史伝ものなどもやはり、探求の手順そのものがひとつの読みどころであって、本書においても、異例のインターバル、天民情報についての思い違いや、古書価への言及、調査への怠慢等々、雑と見なされる要素も、坪内祐三という著者を愛する者にとっては、かけがえのない独自の表現スタイルなのである。要するに語り口そのものが問題なのだ、《その人の声が聞こえてくるかどうかということだ》(坪内祐三「『月の輪書林古書目録9』を読む」より)。本書もその意味で著者の声がよく通る(通り過ぎるきらいのある)作品になっていると言えるだろう。 本書からの情報もあるが、大方はネット検索などによって付け焼き刃で松崎天民著作目録を作ってみた。まったく至らないものなので訂正していただければ有り難い。 松崎天民著作目録[試作] 東京の女 隆文館 明治四十三年一月一日 [東京の女 磯部甲陽堂 大正四年五月十五日三版] 新聞記者修行 有楽社 明治四十三年五月二十日 甲州見聞記 磯部甲陽堂 大正元年十月十七日 淪落の女 磯部甲陽堂 大正元年十二月二十日 人生探訪 磯部甲陽堂 大正二年六月二十日 女八人 磯部甲陽堂 大正二年九月二十三日 社会観察 萬年筆 磯部甲陽堂 大正三年七月十二日 同棲十三年 磯部甲陽堂 大正三年九月八日 青い酒と赤い恋 磯部甲陽堂 大正四年六月五日 恋と名と金と 弘学館書店 大正四年六月五日 人間世間 磯部甲陽堂 大正四年十月五日 ペン尖と足跡 泰文社 大正四年十月五日 探偵ロマンス 銀座書房 大正四年十一月 漂白の男・流転の女 弘学館書店 大正五年四月十日 運命の影に 磯部甲陽堂 大正六年十二月九日 酔ざめの悲哀 磯部甲陽堂 大正六年六月二十三日 犯罪哀話 佐藤出版部 大正五年四月十八日 温泉巡礼記 磯部甲陽堂 大正七年八月一日 歓楽の底より 磯部甲陽堂 大正七年十二月十五日 女は泣いて居る 星文館 大正八年六月三日 女人崇拝 精禾堂 大正九年九月十五日 旅行気分 磯部甲陽堂 大正十年七月五日 [旅行気分山水行脚 三水社 昭和三年] 闇路を辿る女 常磐堂書店 大正十二年五月三十日 四十男の悩み 新作社 大正十三年三月五日 [四十男の悩み 成光館出版部 大正十四年四月二十日再版] [四十男の悩み 有宏社 昭和三年初版] [諧謔四十男の悩み 近代文芸社 昭和三年七版] 記者懺悔 人間秘話 新作社 大正十三年九月二十五日 [記者懺悔 人間秘話 成光館出版部 大正十五年] 銀座 銀ぶらガイド社 昭和二年五月 人間見物 騒人社 昭和二年十一月十五日 裏面暗面実話 平凡社 昭和四年十月十日 京阪食べある記 誠文堂 昭和六年一月二十五日 東京食べある記 誠文堂 昭和六年一月二十五日 三都喰べある記 誠文堂 昭和七年
by sumus_co
| 2012-03-22 21:03
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