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真贋![]() 青山二郎と創元社は小林秀雄のつながりだった。では、小林と青山はいつどこで知り合ったのか。『青山二郎全文集』(ちくま学芸文庫、二〇〇三年)の年譜(森孝一編)によれば、一九二四年二十三歳のころだったようだ。 《石丸重治宅で小林秀雄を知る。石丸は柳宗悦の甥に当たり、小林とは府立一中の同級生、この頃、小林は三日にあげず石丸家に遊びに来ていた。この頃から、朝鮮のやきものに興味をもち始め、柳宗悦に頻繁に会う。一二月、石丸が主宰の同人雑誌『山繭』の発刊に加わる。》 河上徹太郎「青山二郎と『陶経』」(青山二郎『鎌倉文士骨董奇譚』講談社文芸文庫、一九九二年より。初出は『週刊読書人』一九六四年七月〜九月)にはこう書かれている。 《「山繭[やままゆ]」という雑誌は、小林秀雄や永井龍男が拠り、富永太郎や中原中也が寄稿していたので、今では文学史的存在だが、これは大体今慶応の教授をしている石丸重治の道楽雑誌で、彼がイギリスの美術雑誌からチューダー・ハウスやウインザー・チェアの写真を転載し、それを紹介した記事が主だった。》 《石丸は中学で私の一つ下、小林と同級だったが、柳宗悦氏の甥で、それでハイカラな下手物趣味を持っていた訳だが、そんなところから浜田庄司氏や青山二郎がこのグループに接近していったと見ていいのだろう。 青山は当時最初の奥さんを亡くしたばかりで、追惜の情に駆られていた。》 小林は当時から青山の文章を《肉体があるから》といって河上に読むように薦めたという。小林は民芸グループの若者たちをこういうふうに見ていたそうだ。 《浜田庄司の土瓶で番茶を廻し飲みするんだ。みんな感心して持ち上げておケツを覗いたりするんだが、いざ茶碗へついで見ると、お茶が口から垂れて、うまくつげねえんだ。それから茶碗の糸口も平じゃないもので、カタコト卓子の上へ坐らないのさ。おかしいよ》 こういうなかなか皮肉な観察をしていた小林が骨董に手を出したのは、青山が《創元社が四谷から神田に越して、床の間に飾る花瓶が欲しいと言うので「壷中居」へ案内した》(青山二郎「小林秀雄と三十年」)ときに小林も一緒についてきて、《鉄砂でねぎ坊主の様な画が簡単に描いてある》徳利を、青山が買わないかと持ちかけると、即座に買った。それが初めだそうだ。 大谷晃一によれば、四谷から神田(神田区三崎町二丁目四番地)に創元社が移転したのは昭和十五年十一月である。森孝一『青山二郎の素顔』(里文出版、一九九七年)には壷中居の主人広田煕が「御附合いは確か昭和十三年頃からです」と書いているとあるから、あるいは青山の文章は神田へ移ったではなく、四谷へ移転した頃なのかもしれない。むろん断定はできないが。 小林の「真贋」という文章には《子供の時から焼き物が好きな御蔭で、中学も卒業できなかったという男》青山二郎が《私に焼き物を教えた》と書いている。ある時、小林は鎌倉で呉須赤絵の見事な大皿を見つけて買った。 《私の初めての買物で、呉須赤絵がどうこういう知識もあろう筈はなく、たゞ胸をドキドキさせて持ち還り、東京で青山に話すと、図柄や値段を聞いただけで、馬鹿と言った。見る必要もないと言う。》 「初めての買物」と書いてある。青山の言葉と矛盾するが、好意的に解釈して、これは自分で買った初めてという意味なのだろうとしておく。とにかく小林は納得できず、実物を青山に見せた。すると、思った通りだとさんざん絞られる。しかしどうしても納得できない。何度見直しても《心に沁みる様に美しい》。意を決して《青山に数度連れて行かれた》壷中居で広田氏に見てもらった。 《彼は箱を開けてちょいと覗き、直ぐ蓋をして、詰まらなさそうに紐をかけ、これはいゝですよ、と言った。》 小林は急に気が緩んでぼんやりしてしまった。 《青山が、どうしてあの時あんな間違いをしたか、今だにわからない。》 と書く小林だが、これは真贋の問題ではない。「小林秀雄と三十年」にはこう書かれている。 《手を出し始めた一二年が、小林の苦業時代だった。》《朝鮮の物から入って行く様に私の方で注意していた。模様の面白さは今に自然に解って来るし、当分ねぎ坊主一本で沢山という遣り方だった。だから小林は無地の後から模様のある物に入ったのである。赤絵なぞに手を出す様になったのはもっと後だから、大体遣り方が人と逆だった。》 赤絵をダメと青山が初心の小林を絞ったのはこいう理由だった。「真贋」ではこの赤絵の皿を壷中居に買い取ってもらう。これは話の流れとしては少しおかしくないだろうか。いや、青山の教育法が効果を発揮したという証明かもしれない。 ![]()
by sumus_co
| 2012-03-06 21:26
| 青山二郎の本
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