
壷井栄『夕顔の言葉』(名著複刻日本児童文学館、ほるぷ出版、一九八一年一一月)。元版は紀元社、昭和十九年二月二十日発行。装幀、挿絵は松山文雄。短編が八作収められている。どれも戦時中の小豆島の生活、子供たちを中心とした田舎のくらしがよくわかる物語。表題作「夕顔の言葉」は『二十四の瞳』(一九五二年)の挿話のひとつのようでもある(昔、読んだだけなので具体的な内容は忘れてしまったが)。
見返し。

扉。

「小さな先生 大きな生徒」挿絵より。朝鮮の娘が女中としてやってくる話。登場人物は誰もが善意のかたまりのような人たちで、ある意味、大いなるアイロニイを感じさせる書きぶりだ。

巻頭に置かれた「港の少女」にうどんが登場する。船着場の近くで商売をするおばあさんと娘ケイ子の話。引用文中、促音(小さい「つ」)はそのまま。
《ケイ子が学校からかへると、おばあさんは、きまったやうにいなりずしを作ってゐました。これはお客様に売るためで、そのほかには、手打うどんもありました。》
《かまとこ[四文字傍点]の調理場で、うどんの湯気に包まれてゐるおばあさんの顔を、ぼんやりと見ながら、うどんのおつゆのにほひの中から昆布と雑魚をかぎ分けながら、数では数へられないほどの早さで、コトコトコトコトと葱を刻む包丁の音を夢の中に聞きながら、いつの間にかぐっすりと眠ってしまふのが、毎夜の習慣になってゐました。》
《宵にはあんなに山盛りだった夏みかんの大ザルも、玉うどんの入ってゐたせいろも、戸棚の中のいなりずしの大皿もみんなからっぽになってゐる》
《笈[ルビ=おひづる]を着た母子づれの巡礼などが店へきて、うどんを註文したり、おすしを食べたりするとき、おばあさんは決まったやうに、
「おへんろさん、もうお廻りになりましたか」
とたづね、うどんの中へ卵を一つ落としたり夏みかんを子供巡礼の手に持たせたりして、
「卵はうちのお接待です。ほんの心もちだけですが」
などと云ひました。》
などと、当時から、現在の讃岐の食堂などで見られる光景が定着していたことが知られる。郷里でよく行くラーメン屋でも店主は子供の客にゆで卵やみかんをお土産に持たせたりしているけれど、これも巡礼に対するもてなしからきている習慣かもしれない。
なお、ここで言う「おへんろさん」は、小豆島八十八箇所霊場巡りの「お遍路さん」である。これは四国八十八ヶ所のコンパクト版で、島巡礼の総延長距離は四国のおよそ十分の一ほどだという。