
世田谷文学館で開催中の『都市から郊外へ 一九三〇年代の東京』(世田谷文学館、二〇一二年、デザイン=桑田吉伸)図録。ハードカバーでジャケットはなく表紙がカラー刷りになっている。使われている絵は伊原宇三郎の「トーキー撮影風景」(一九三三年)。伊原は成城の北側にアトリエを建て、近くのPCL撮影所に興味を持った。二ヶ月通ってスケッチを重ね、それによって制作したのだという。
スケートをするマネキンは新宿伊勢丹のウインドウ・ディスプレイ(一九三三年一〇月)。アールデコ風なマネキンが流行だったようだ。

昭和六年、宇野千代と東郷青児が世田谷の淡島に建てた邸宅。右ページ中が居間、下がアトリエ。東郷の先妻の子もいっしょだった。

五所平之助監督「マダムと女房」(松竹キネマ、一九三一年八月公開)の撮影スチール。田園調布だというが、まさにその名前のままの風景である。

菊地一雄「エトルスク」(一九四一年)。菊地一雄(1908〜1985)は菊池契月の長男として京都に生まれた。祖父は菊地芳文。中学まで京都で暮し、第一高等学校に合格して東京へ出た。昭和三年、ロダンの助手を務めたこともある藤川勇造に師事。東京帝大に進学(文学部美学美術史学科)、二科展に入選し彫刻家としてデビュー。昭和六年に山口文象設計のアトリエを世田谷に建てた。昭和十一年にパリへ夫人とともに渡り、アトリエをもって彫刻を制作した。十四年十二月帰国。「エトルスク」はイタリア旅行で感銘を受けたエトルスク美術(ローマ帝国以前のイタリア半島の先住民エトルスク人の美術)へのオマージュがうかがえる佳作と思う。

他に難波田龍起のルドン風な時代、桑原甲子雄の写真、稲垣知雄の版画、流行歌、校外住宅、三越と伊勢丹の広告など、多角的に戦前昭和時代を見せてくれる。
下は少し古いが『世田谷文学館ニュース』47号(世田谷文学館、二〇一〇年一二月一日)。植草甚一展の展示品の大半を遺族より寄贈されたという報告。原稿、書簡、ノート、コラージュ、切手コレクションなど253点。寄贈者は関口展。