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コロンバン『銀座百点』七十九号(一九六一年七月一日)に立野信之が「あの頃」と題して銀座のコロンバンについて書いている。あの頃(コーヒーが十銭の頃)立野は時間をもてあまして用事もないのにふらふらと銀座へ毎日のように出かけた。 《不二屋かコロンバンの二階に陣取つて、窓下の往来をながめながら網を張つていると、誰かがかならずやつてくる。それは横光利一であつたり、片岡鉄兵であつたり、林房雄であつたり、武田麟太郎であつたりする。また板垣鷹穂であつたり、伊奈信男であつたり、高田保であつたりする。時には広津和郎であつたり、中野重治であつたりさえもした。》 《不二屋の二階には、いまは轟夕起子のマネージャーか何かをしている三好貢がボーイをしていた。三好は文学青年で、われわれとは顔馴染であつた。一人で網を張つている時など、三好は通りすがりに空のコーヒー茶碗をさらつて行き、コーヒーを入れ直してだまつて置いて行く。もちろんタダである。ブラックと称するクリームを入れないコーヒーが十銭で、クリームが五銭であつた。》 《不二屋やコロンバンの二階に二人集まり、三人集まりして、コーヒーをのみながらワヤワヤ雑談しているうちに、日が暮れる。するといくつかの組が自然にできて、別々に巷へくり出す。のみ屋を転転とのんで歩く。》《当時は年配者かフトコロぐあいのいい者がのみ屋の勘定を持つのが不文律になつていた。勘定を払う方も払つてもらう方もそうするのが当たり前だと思つていた。だから、横光や片岡におごつてもらつても、御馳走さまと言つたことはただの一度もない。》 よき時代かな。 コロンバンおよび不二屋(不二家)については拙著『喫茶店の時代』でもあるていど詳しく取り上げたが、この回想は知らなかった。川端康成や横光利一がやっていた雑誌『文芸時代』のメンバーたちが毎日のように集まったそうだ。寺下辰夫がやはり文学好きなボーイの三好のことを書き残している。コロンバンについては、井伏鱒二「タケリンさん」、野口冨士男『感傷的昭和文壇史』、田村泰次郎『わが文壇青春記』、寺田寅彦の日記などを参照したが、他に二件ほど追加の記事をメモしておこう。 ひとつは『断腸亭日乗』昭和九年七月二十一日。 《喫茶店テラスコロンバン店頭板囲にはりたる紙に「閉店させて頂きます云々」とあり》 コロンバンは銀座六丁目の大通りに面した西側南の角にあったが、近くにテラスコロンバンという店を出していた。それが上の写真である。引用は初田亨『カフェーと喫茶店』(INAX、一九九三年)より。コロバンHPの沿革によれば昭和六年に銀座進出、同年十二月にテラス・コロンバン開店となっているが、銀座進出は昭和四年だと『サライ』(一九九三年六月一七日号)では取材されていたはずだ。いずれにせよテラスの方は長続きしなかったらしい。 もうひとつは『八雲』第三巻第七号(八雲書店、一九四八年七月一日、表紙=猪熊弦一郎)に収められている座談会「銀座十字路」で珈琲店「きゆうぺる」の主人・道明真治郎がこういうふうに述べている。北原は作家の北原武夫。 《北原 戦争前から店なんかもってらっした方は、大分変ったでしょうね。 道明 殆んどと云っていいくらい、表通りでも変りました。コロンバンなどは、戦争中二万五千円で大増へ売ったんですよ。それから魚河岸の大村が買った。今じゃ二百五六十万のことを云ってるでしょう。》 今となっては、正確な事実かどうかは留保するとして、注意しておくべき発言だ。
by sumus_co
| 2012-02-06 20:49
| 喫茶店の時代
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