
西村氏は花森安治のリスト洩れエッセイも見つけてくれた。『新女苑』(実業之日本社、一九四八年一〇月一日)の「ド・レ・ミ・フアンシイ」コーナー「あなたのイニシヤル」。

花森流記号論とでも言えそうだが、唐澤平吉さんによれば、昭和二十二年に花森は『あなたのイニシャル』(衣裳研究所)という冊子を出しており、このエッセイはその宣伝記事のようなものではないか、ということである。
イニシャルは古代から存在したようだ。はなはだしくそれを用いたのはラテン語の書記たちだという。この用法を体系化したチロンの名前にちなんでチロン式記号と呼ばれる(シャルル・イグーネ『文字』白水社、一九七四年版)。
《ローマの第一名は、一般に省略されて、その頭文字か語頭のいくつかの字により表された。例えば Aug(ustus)、A(ulus)、C(aius)、L(ucius)、M(arcus)、Ser(vius)。或る種の常用語も同様である。たとえば f(ilius)息子。複数を示すためには、その字を二重にした。 ff(ilii)息子たち。》
そしてキリスト教の写本にも略号(titulus)は早くから取り入れられた。四世紀には
DS 神
IHS イエス
XPS キリスト
SPS 精霊
五〜六世紀には
DNS 主
SCS 聖なる
EPS 監督
PRB 長老
など。例えばジェームズ・ジョイスの『若き芸術家の肖像』にクロンゴウズ・ウッド・カレッジでは作文の初めに「A・M・D・G」(神のより大いなる栄光のために)と書き終わりに「L・D・S」(永遠に神に賛美あれ)とイエズス会のモットーを書き入れるしきたりであったとある(丸谷才一訳による)。デュマ・ペール『鉄仮面』にも「A・M・D・G」(ad Majorem Dei gloriam)は登場している。「神の栄光を大ならしめよ」(石川登志夫訳)。
ついでに日本でもなじみのあるラテン略号は
p. 頁
No. ナンバー
& アンド(ラテン語のEとTの合字)
etc. エトセトラ
vs. 対
など多数あり、他にも頻繁に使う「?」や「!」もラテン字の組み合わせだと考えられているそうだ。
まったく関係ないが、科学小説を意味する「SF」という略号は日本だけのものらしい。英語では「Sci-Fi」。「SF」で英語のサーチをすると「サンフランシスコ」がまずヒットした。