
頂戴した賀状のなかに内田静馬の木版画「セーヌ河畔古書店」(川越市立美術館蔵、一九六九年)の絵葉書があった。
石黒敬七『巴里雀』(雄風館書房、一九三六年、表紙=宮田重雄)。暮れに入手した一冊。巴里本も集めるとはなく集めている。本書からセーヌの河岸の古本屋が出てくる部分を引用してみる。

《或る日例のセーヌの河岸の古本屋(と言つても版画でも骨董でも古銭でも並んでいるが)をブラブラ歩いてゐると古い銅版画が一枚眼についた。どうも日本人らしいものが描いてあるので、下の字を読んでみたが解るのは唯数語、ヤポネーとかプリンスとかドライといふ様な字が想像で解る位のものだつたが、その時直感で「こりや九州の三大名だナ」と思つたので、この種の銅板としては、普通相場よりも少し高い様であつたが、五法負けさせて買つて帰つた。》
天正十年(一五八二)の遣欧少年使節をテーマにしたということらしい。三大名とは大友宗麟・大村純忠・有馬晴信。なおこの使節団が八年後に帰国したときグーテンベルク印刷機が日本へ運び込まれた。
この版画の裏には作者の名前が「デーペンベーク」と鉛筆で書かれていたそうだ。リウベンス(ルーベンス)の門人で十七世紀の人。幸田成友がパリへ来たときに石黒はこれを幸田に示したところ、非常に珍しいもので画面の下の説明は「三大名の使節が日本を去るに臨んで母に別れを告ぐるの図である」という説明を受けたという。
他に石黒はドーミエの版画も何枚も河岸の古本屋で見つけたらしい。戦前の話だとは言え、侮れないなと思うしだい。