
金澤一志『みみずばれプロセス』(JAGON BOOOKS、二〇一一年一一月、編集・デザイン=金澤一志)。テクストはもちろん造本デザイン、出版も(?)著者の手に成る。本文には記号や図形や写真も配されており、文字組も律動を保ちながら自由にレイアウトされている。奥付によれば222部限定らしい(表記は《two-two-two cps + three AP》)。
実は、ここまでスタイリッシュに完成されてはいなかったが、小生もある詩人に頼まれて、自由な(というかデタラメな)文字や図形の配列で詩集を作ったことがある。ワープロで出力した文字を切り貼りして版下を制作するという原始的な方法だった。力んだわりには思ったような効果が出ないで著者には申し訳ないことをしてしまったと思いつつ、作っているときは楽しかった。いまでもときどきブックオフの均一コーナーでその詩集を見かけたりすると(少なくとも二回は見かけた!)、ドキッとして冷汗が出てしまう。自分自身と比較しては申し訳ないけれども、金澤氏もきっと心ゆくまで遊んだのではないだろうか。そんなたたずまいである。
それにしても「見る」と「読む」はほとんど同じ行為なのに、どうして図と文字ではこうも効果が違うのだろうか? それが文字の意味だといえばそれまでだが、文字によって刺戟される部分と絵によって刺戟される部分は異なるようだ。