
『色は匂へど 上野憲男 II』(何必館、二〇〇八年一一月一日)。上野憲男さんがパピリオに勤めておられた時代に佐野繁次郎といっしょに仕事をされた、と聞いたのは東京古書会館で「佐野繁次郎の装幀モダニズム展」を開催していたときのことである。
佐野繁次郎の装幀モダニズム展
http://sumus.exblog.jp/8725528/
受付にいると、かつてやはりパピリオにおられた方が、佐野のことを上野さんからよく聞かされたとおっしゃって、「今度、上野さんは京都で個展をされますから、お話をうかがったらどうですか」と提案してくださった。
その個展の図録が上の写真である。
何必館で個展とは驚いた。ちょっと近寄り難いかと思ったのだが、とにかく会場へ出かけて『佐野繁次郎装幀集成』を受付嬢に託した(作者はおられなかったので)。その後、幾度か手紙のやりとりがあって、ようやくこの度の上京に合わせ、上野さんから直接佐野繁次郎の思い出をうかがうことができた。
上野さんは若くして自由美術展に出品入選、絵画制作を続けておられたが、生活のために一九五八年の十二月にパピリオへ嘱託として入社、一時は社員となったものの、創作のため、出勤時間にしばられない嘱託にもどり、十七年間勤務されたという。そのうちの何年間かは佐野と机を並べて仕事をされた。
佐野が退社した後、企画部の責任者として商品のネーミングや広告、パッケージ・デザインも含めさまざまな仕事を残しておられる。なかでもPR誌『PAPILIO AMIE D'OR』(一九五九〜七二)の編集レイアウトは特筆すべきものである。最初は電通に依頼したもののダミーが気に入らず、上野さんとコピーライター氏と二人で独自に編集することになったそうだが、上野さんも当時をふりかえって「楽しかった」とおっしゃるように、まったく自由に大胆に誌面構成がなされている。「賞をもらったりもしたし、『花椿』よりいいと言ってくれる人もいましたよ」。たしかにカッコイイ。下記のサイトに『PAPILIO AMIE D'OR』の概要紹介がなされているので参照されたい。
http://uenonorio.com/remember-call/editorial-design.html
表紙の文字は佐野風だが、じつは上野さんの筆。

来年に予定されている何必館での個展出品作に囲まれながら時間も忘れてお話をうかがっているうちに日没が近づいてきた。うっそうとした森に囲まれたアトリエと棟続きのご自宅(写真下はリヴィングの展示スペース)。

佐野についての上野さんの回想は改めて報告したい。