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京のぶぶ漬

京のぶぶ漬_b0081843_20173919.jpg

岡本東洋編『京都』(芸艸堂、一九四二年九月二五日、表紙=富田渓仙)。

京のぶぶ漬_b0081843_2017316.jpg

同書より「茶」、宇治の茶摘み風景である。

柳居子徒然「お茶漬けでも 如何どす」にこうあった。

《お茶漬けでも如何 食事を接待する気持ちも無いのに、客を早く席立ちを促すための 京都人の婉曲な言い回し いけずの代表の様な言葉とされているが、これは誰か京都以外の人が考え付いた言葉ではないかと柳居子思う。人に食事を誘うのに「お茶漬けどうぞ」という失礼な事を京都人はしない。実際にお茶漬けをどうぞと言われた人て、いるのだろうか? 多分居ないと思う。》

多分に都市伝説のおもむきのある「お茶漬(ぶぶ漬)どうどす」、もちろん小生もニ十年以上京都に住んでいるが、こんなことを言われた覚えはない。誘われて十二段家でお茶漬けをごちそうになったことはある。事の真偽はともかく、かつて京の茶漬けならぬ「茶粥」が有名だったのは事実。以前ここでも茶粥が織り込まれた狂詩を引用したことがある。

安穴道人作「江戸者嘲京」文政二年(一八一九)作
http://sumus.exblog.jp/8398365/

安穴道人こと中島棕隠はこの詩で《茶粥音向叡山飛》などと書いている。水田紀久の註によれば、京・奈良等近畿地方では朝食に茶粥を食する習慣があり、上方者をあざけって「茶粥腹」と言った。文化十年(一八一三)の式亭三馬『浮世床』初編巻之中に京の愛宕山に登った話としてつぎのように見えている。

《何所ともなしにざわ[繰返記号]ざわ[繰返記号]と音がするから、海の鳴るでもなし、あの震動は何だと聞たら、傍に居る人がいふには、あれは京中で茶粥をすする音がごつちやになつて響く音ぢやと云つた》

また幕末京都に遊んだ水戸の石川明徳は「京都土産」にこう書き残したという。

《洛中おおむね朝は宵の飯、茶にて粥をたき香の物ばかり、昼は飯を炊き菜の物と一品拵ひ、夕は又茶漬にて香の物ばかり。 味噌汁は月に二三度位。 右は粥を食すれば米に過半し益あり。 且つ商人の力業致さずば身のこなしによし。 又飯を昼炊けば、朝に違い暖なる事故、薪によほどの益あり。 菜なければ食事の沢山すすまず、併せて食事晩致す時は香の物ばかりにてもうまく食す。》

引用は奈良本辰也『京都故事物語上』(河出文庫)によるが、『史料京都見聞記. 第5巻』(法蔵館、一九九二年)にも採られているようだ。この見聞を信じるなら、京の人間が「茶漬(茶粥)でも」と誘うのは、早朝とは考えにくいので、午後もおそくなって夕食時だということになる(京、幕末には三食だったことも分かる)。話し込んで暮れてくれば、京人でなくても、いちおう誘うのが礼儀だし、断るのも礼儀だろう。

茶粥はどうやら奈良が発祥らしい。東大寺には粥をザルでこしておもゆを取り除いてから茶をかけて食べる「あげ茶」が伝わるという(ぜいたくな食べ方だ)。奈良の茶粥は米一水八〜十で炊き、煮上がったところへ「茶ン袋」を入れてよくまぜ、余熱で仕上げる(『あまカラ』四十六号、一九五五年六月)。「茶ン袋」はティーバッグか。粉茶を入れるそうだ。昔の茶粥というのはそういうやり方だったのかもしれない(煎茶が普及したのは十八世紀中頃以降)。むろん番茶で白米を煮て作る方法もあったようだ。

茶粥と言うが、そんなにしまつするのなら、ただの粥でいいではないか。茶はけっして安くはなかったはずだ。井原西鶴『日本永代蔵』(一六八八)では朝茶一杯の値段が十二文とされている。蕎麦一杯十六文の時代。幕末では二百年近い開きがあってその間に製茶の技術も進歩しているから単純には較べられないにしても、水と米だけの粥よりも費えは多くなると思うのだが。茶は中国から渡来したファッションだった。朝粥も同じようなことだったかもしれない。単に経済性の面からのみ見ていいのかどうか、疑問である。

奈良本はこう続ける。

《京のぶぶづけ、お茶漬もこの漬物において地方とは大いにことなる。漬物の歴史は古く、すでに『延喜式』のなかに瓜、せり、茄子などを漬けたことがみられ、寺院などで保存食料としてもたいせつなものであった。》

《京都の漬物はすべてうまい。その秘密は野菜と冬の寒さである。京野菜のうまいことは古くから有名である。京都の悪口を言った滝沢馬琴も、京にて味よきものとして麩、湯葉、芋、水菜、うどんの五つをあげ「その余は江戸人の口にあわず」といっている。》

奈良本はきらら漬、すぐき、千枚漬、糸菜漬などをうまい漬物の代表として挙げているが、「しば漬」も京の発祥であった。臼井喜之介『京都味覚散歩』(白川書院、一九六三年五版)によれば

《ここ[洛北大原]の名物に「しば漬」がある。三千院や寂光院へいくと、門前の茶店にも大原女の装いをした女たちが盛んに売っている。その本舗がこの地の「土井」である。
 これは土地でとれる茄子、胡瓜などを適当に切り、それに紫蘇の葉、青唐辛子、ミヨウガの子などを刻んで、いっしょに塩漬にしたもの。すぐきのような酸っぱさがあり、食べる時にこまかく刻んで醤油をおとすと、熱飯にもお茶漬にもいい、甘いものをたべたあと、少しを口にふくむとさっぱりする。
 ある時、里人が建礼門院にさしあげたところ、「しば漬」と名を与えられたということになっている。》

建礼門院が大原に庵を結んだのは文治元年(一一八五)。『延喜式』に漬物が出ているのだから建礼門院が名付け親であっても別に不都合ではない。また臼井の書き振りからは、いまだ「しば漬」が全国的に知られていない漬物という感じを受ける。昭和三十年代なのだが。

ところで昨今「しば漬」というと濃い赤紫がふつうになってしまっている。しかし「しば漬」というからには「柴犬」と同じで「柴色」でなければならない、と思う。
by sumus_co | 2011-10-11 21:52 | 京のお茶漬け
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