
姫路で今川英子編『林芙美子 巴里の恋』(中央公論新社、二〇〇一年八月七日、装幀=友成修)を買った。帰りの電車でほぼ読んでしまったが、ザックバランな面白い日記だ。
恋人を追いかけてパリに渡った芙美子、その男・外山五郎(外山卯三郎の弟、画学生としてパリに渡っていた)とは醒めてしまい、森本六爾(考古学者)、渡邊一夫(仏文学者)、今泉篤男(美術評論家)らと交際をしながら、白井晟一(建築家、書家)と相思相愛の仲になった。むろんそれ以外にも松尾邦之助(新聞記者)や別府貫一郎(画家)、山下新太郎(画家)や山下三郎(山下汽船、EDI叢書参照)などの名前も出ていて興味が尽きない(海老名文雄は見えなかった……)。
中では青山義雄に注目。大正十年に渡仏し、マチスに師事、春陽会に出品、昭和十年の帰国後、国画会会員となっている。戦後は再び渡仏し南仏に三十年以上住んで色彩の豊かな風景を描いた。上に掲げたのは渡仏の翌年一九二二年に描かれた「二人の男」(神奈川県立近代美術館蔵)。この不思議な空間の捉え方や人物のフォルムはいかにも二〇年代的、無国籍な性格でとても面白いと思う。
芙美子は夫への手紙でこう書いている。
《青山と云ふ絵かきさんに別府さんに招[ママ]介された。巴里で精進してるそうです。来月二日から、此人の個展がある。》(一九三二年一一月、手塚緑敏宛)
日記には
《青山氏の個展を別府氏と見に行く。私の好きな絵ではないだが二三点静物で好きなのはあつた。そうしよく的な絵が多い。》(一九三二年一二月一日)
そうしてもう一ヶ所、
《青山ヨシヲ氏夫人に招介される。大変いゝ人だ。
こゝで谷譲氏の弟さんに会ふ。》(一九三二年一二月五日)
「谷譲氏」を編者は不詳としているが、もちろん谷譲次こと長谷川海太郎(『丹下左膳』の林不忘)であって、その弟は長谷川潾二郎だ。略年譜によれば一九三一年に渡仏し翌年帰国したそうだが、年末まではパリにいたようだ。
『気まぐれ美術館』(朝日新聞社、一九九七年)図録より長谷川潾二郎「道(巴里郊外)」(宮城県美術館蔵)。アンリ・ルッソーの背景だけ、というような画風ながら、生涯でいちばん気合いが入っていた時期のような気がする。二度ほど、この絵は実際に見たことがある。好きな絵の一枚。