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本と怠け者

本と怠け者_b0081843_20152568.jpg

荻原魚雷『本と怠け者』(ちくま文庫、二〇一一年九月一〇日、カバーデザイン=石丸澄子)が届いた。石丸さんのカバーが素敵だ。同じちくま文庫では岡崎氏の『古本生活読本』や『古本極楽ガイド』カバーとかぶってくるのだが、そこは夜空のブルーで魚雷本の世界らしさを演出していて見事。岡崎氏の解説も魚雷君の風貌を余す所なく伝えている。

『ちくま』誌上で三年余り連載されたエッセイに「文壇高円寺」に加筆した三篇、そして「震災後日記」と「怠け者の読書癖 序にかえて」を収録して文庫オリジナルという形で上梓された。ということは小生が『ちくま』の表紙を担当していた二年間も含まれるわけで、むろんそれ以前の『ちくま』も読んでいたから連載分はだいたい読んだ記憶が残っている。

《人並みのことができるようになりたいとおもったこともあったが、それを目指すと、それだけでやりたいことが何もできなくなる。やりたいことをやるためにからだがボロボロになるのはいいが、やりたくないことのためにボロボロになるのは真っ平だ。
 そうふっきれるまでには、ずいぶん時間がかかった。》(序にかえて)

小生も大学に入ったときに同じようなことを考えた。やりたいことをやろうと決めてやってきたつもりだが、そんなに悩んだりはしなかった。ようするに単細胞だった、あるいは根拠のない自信家(うぬぼれや)だったというだけのことだ。対して魚雷君の《そうふっきれるまでには、ずいぶん時間がかかった》、この一文には何とも言えない味わいがある。

本書は単なるお気楽なエッセイ集ではない。哲学の書である。哲学とはなにか? あるべき自分とある自分のギャップを埋めることだ。フィロソフィーというが、これは智を愛し求めるというギリシャ語である。求めるのだから欠けている。智を求める者には智がないにちがいない。三十歳前後、魚雷君は仕事をほされて金がないのに暇ばかりあって無気力にしずみかちだった。

《当時、自分のやる気のなさを肯定してくれる文学はないかと古本屋めぐりをしていた。やる気が出る本ではなく、別にやる気を出さなくてもいいという本を求めているあたり、考え方がややこしくこじれてしまっている。》(傾斜地の怠け者)

そうだろう、魚雷君はちっとも怠け者なんかじゃない。少なくとも「本との怠け者」じゃない。怠け者に古本屋めぐりはできないし、怠け者を肯定する本を探そうというのだから(ないものを求めるのだから)、ほんとうは、いやほんとうウソもなくもともと勤勉なのである。というか、この書き振り、理窟の立て方がまさに哲学ではないか。

「批評のこと」という長文のエッセイは小林秀雄へのアプローチ。これはまさに批評そのものを問う批評と評していいだろう。小林秀雄以外にも批評家とされる人々、青野季吉、新居格、ラスキン、パピーニ、ミケシュ、福田恆存、中村光夫ら、を多く取り上げているから、批評への関心(それはとりもなおさず愛智と呼べると思うのだが)こそが魚雷エッセイの要諦である。

《ある種の論争も、正しさよりも、相手のいうことに聞く耳を持たず、打たれ強さ(何をいわれても平気)という人のほうが有利になってしまうことが、しばしばある。
 批評が勝ち負けの世界であれば、自分の考えを微塵も変える気がなく、相手を否定することに躊躇ない人のほうが強い。
 逆に、弱者が、弱者であることを盾に、相手を否定しまくるという場合もある。
 二十代のころ、ずっとわたしの頭を悩ませていた問題である。》(批評のこと)

悩む、のである。ふつうは悩まない。ソクラテスもプラトンもギョライもみんな悩んで大きくなった! 要するに本書は、ひじょうに身の丈に合ったやさしい言葉で書かれているが、体験に根ざした重い思惟がひとつひとつの文章に錘のようにぶらさがっている。

しかし、これは以前にも書いたことがあるし、本人にも何度か伝えたのだが、小説を書きなさいよ、《二十代のころ、ずっとわたしの頭を悩ませていた問題》と一行ですませず、その「問題」で一篇の小説を書いて欲しい、というか魚雷「文学」を読んでみたい。《ずいぶん時間がかかっ》てもいいので、スコップをスプーンに持ち替えて是非ともよろしく。

あ、いや、だからといって本書の哲人魚雷としての価値を認めないわけでは決してなく、とても貴重な独自のスタイルだと思うし、この『本と怠け者』もぜったいお勧めの一冊であることに変りはない。
by sumus_co | 2011-09-13 21:47 | おすすめ本棚
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