
桑島玄二『詩集 四季の呼吸』(書肆季節社、一九八二年一一月一〇日、編輯・装幀=政田岑生)を頂戴した。当方が桑島ファンであることをちゃんと覚えてくれていて有難い。装幀が政田となっているということは、表紙画も政田の作であろうか。
季節社らしいキッチリした造り。

これは貰った人が張り付けたのだろう。よくよく見ると「謹呈」がサインペン。名前が筆ペンのようである(筆ペンは一九七二年にセーラー万年筆が発売、翌年、呉竹の「くれ竹筆ぺん」が大ヒットした)。

函と同じ表紙画を色変りであしらったこのやり方は政田ならでは。

詩集でいちばん難しいのは組版。やや行間が詰まり気味だが、読みにくくはなく、かえって緊張感がただよう。タイトルの文字を大きくしたのが工夫だろう(本文10ポ、題字14ポ)。

奥付も政田スタイル。

詩を三篇、全文引用しておく。「踏切」は雑誌『大阪春秋』第二十一号(一九七九年九月二〇日)に掲載されたようだ。初出時の題名は「野田阪神の踏切」。本書には初出は記されていないが検索していると見つかった。
踏切
野田阪神の踏切は長い
神戸元町行急行電車が通過する
大阪梅田行普通電車が通過する
ひとしきり警笛の音が
広い石畳の上に散って砕ける
遮断機が上がって
銭湯帰りの従妹とすれちがう
どこへ行くの
十六堂の本屋へ
あとでまた見せてね
その代わりマルキのパンをやで
そんな言葉も戦災で焼けてしまった
いまも野田阪神の踏切は長い
わずかに焼け残ったままの露地の入口で
戦前もそうだったかのように
白い犬が尻っぽを振りながらこちらを見ている
ーー大阪に野田阪神といふ町の場末にありてよろしかりしが
たったひとつのわたしの短歌である
兵営に入って間もなしに作った
約束事
古本屋で買った夭逝作家の本に
いちょうの葉と
未使用の音楽会の切符がはさまれてあった
だれとの約束事があったのだろう
日付を見たら十年ほど前のものだ
表紙裏に女文字の名前もていねいに書かれていた
雑踏の中で
同郷人と二十年ぶりに行き合った
おたがい住所も職業も
飼犬までいくつか変えており
長らく帰郷の機会がないことを嘆息しながら
私鉄の構内で並んで小便をした
三十年ほど前は結婚したばかり
といっても工場裏の長屋住まいだが
わたしたちに親切だった隣の老人は
包丁の腕を自慢した
死ぬ前にも一度大きな鯛の腹を割いてみたい
そればかり考えていたのだと
戦時生活を振り返っていた
いま生水を飲むわたしの前を
一匹の青虫が緩慢に這う
蝶になる天との約束
骨壺
心が体より大きいと
わたしは思わない
母よ
あなたの心も
骨壺ほどの大きさになってしまった
わたしにまで遺伝しているが
眉の短いひとだった
少年時
自分の写真の眉の個所を
鉛筆でこすって長くしている
あなたを垣間見たことがある
その写真があなたのタンスから出てきた
骨壺といっしょに
墓の下に埋めておきましたよ
赤蟻の多いのが気になったけれど
にわか雨が
松林の墓と
内海の鳥とを幾通りにも繋ぐ