『ボオドレエル素描集』(佐藤朔訳、昭森社、一九四四年三月二〇日)。元版はジャック・クレペ(Jacques Crépet)解説『DESSINS DE BAUDELAIRE』(Gallimard, 1927)。クレペはコナアル版(Louis Conard Librairie-Editeur)のボードレール全集の監修者で当時のボードレール研究の第一人者。クレペの序文より。
《ここに複刻したデッサンは殆どすべてーー所蔵者たるフェルナン・ヴァンデレエム氏とエドワアル・シァンピオン氏の好意によつて拝借した第一図、第四図、第十六図を除くすべてーーモンスレの小唄の主人公が、愛情こめて編纂した画集から抜いたものである。》
「モンスレの小唄の主人公」とは『悪の華』の出版人でありボードレールの理解者であった印刷出版業者の
プウレ-マラシ(Auguste Poulet-Malassis)のことで、マラシは熱心にボードレールが即興的に描いたデッサン(というかカリカチュア)を《熱望して浚つて行つてしまふか、それを貰ひ受けるかして》画集を編纂したそうだ。
《赤いモロッコ革の背の四つ折本の、ヴェラン紙の美しい画帳で、その扉は今日でも愛書家達の垂涎の的である例の眩惑的な蔵書票で飾られてゐる。人も知るやうにそれは三個の頭文字APMが三角に配置され、それと一冊の開いた本の周囲の宙に浮かんだ《Je L'ai!》(これぞわが物なり!)といふ勝利の叫びとから出来てゐる。》
1 詩人 一八五七年頃。自画像。
2 詩人 一八六〇年頃。自画像。
3 詩人 一八六〇年頃。自画像。
4 詩人 一八六〇年頃。自画像。
5 詩人 一八六四〜六五年頃。自画像。
6 詩人 一八五七〜五八年頃。自画像など。
7 ジャンヌ・デュヴアル 一八五〇〜六〇年頃。混血だったと言われる恋人。
8 ジャンヌ・デュヴアル
9 ジャンヌ・デュヴアル
10 オギュスト・ブランキ。社会主義者のブランキ。一八五〇年に記憶で描いた。
11 愛すべき夫人。ボードレールの母の友人か?
12 古代美人の典型。シュナヴァアルによる美人画のカリカチュア。
13 アスリノオのための女。アスリノオは文藝評論家の友人。
14 ル・シカアル。史劇の勇士か?
15 ラ・ファンファルロ。自作初期短編小説のための挿絵か。
16 礼装のパレストリイナ。音楽評論家か?
以上、全図。ドラクロアの素描を連想させる筆致である。それにしても昭和十九年にこんなたいそうな画集、しかもボードレールの素描集を出すとは(よく出せたものだ)、そんな空気の読めない(あるいは敢えて空気を読まない)版元はこの昭森社くらいしかなかっただろう。
奥付の値段を見てビックリ。
まるてい(九・一八停止価格)が十五円、特別行為税五十銭で、売価十五円五十銭に第二種物品税四円九十六銭が加わって、頒価はなんと二十円四十六銭。しかも二〇〇〇部発行である。
何冊か日本の古本屋に出ているが、いずれもカバーはないようだ。カバー付きは珍しいのかもしれない(薄い紙なので破れやすいのだろう)。