
田中裕明『句集 夜の客人』(ふらんす堂、二〇〇五年二月二五日二刷、装幀=君嶋真理子)という端正な句集を頂戴した。深謝。田中裕明については過去に紹介したことがある。
『澤』100号 田中裕明特集
http://sumus.exblog.jp/10982362
本書から夏らしい(本日は旧暦七月十五日、しかしながら立秋の節入り日は過ぎているのだが)句を選んでみる。秋の句も含む。
湖國とや墓を洗ふに水鳴らし
読むときは妻なきに似て法師蝉
宵闇のどこまでを西陣といふ
月光のごつと當りぬ葛の花
夜業人詩人たること忘じけり
もの言はぬ旅のつれよし蝉の殻
遠くより子に呼ばれけり盆の道
卓に肘つきてかんがへる夏めくよ
八月やわが砂肝のよわからむ
胸あきし白服をわが汀とす
刺青の古老よきかな油照
落鮎や旅のしろめしひとかたけ
空へゆく階段のなし稲の花
月今宵いまも活字を拾ふ人
ひとの撰びしわれの句の夏淋し
*
『日本古書通信』985号が届く。まずは川島幸希「私がこだわった初版本(9)『夏姫』」面白く読む。めったに現れない稀覯本中の稀覯本『夏姫』(三木露風の処女詩集)の極美・献呈署名入り本を文学堂書店で見せられ、即所望したが、近く出る目録に掲載したばかりで、その場ですぐには入手できなかった。文学堂の目録は早い者勝ち。どうしても欲しい。さあ、どうする。
《最初に考えたのは、文学堂の目録を貰っている知人全員に、目録が届いたら即『夏姫』を注文するように依頼することである。しかしこれは万全の対策とは言い難い。そこでアルバイトを雇って文学堂を張り込みし、目録が郵便局から発送されるのを確認して翌日の朝注文することである。だがこれは、逆に自分がやられたら実に気色悪い方法だと思い直してやめた。あれこれと戦略を考えたものの、最終的に私は運を天に任せることにした。天下の文学堂を相手に小賢しい手段を弄するのはよくない。紙魚の神様は必ず私に『夏姫』極美署名本を与えてくれるだろう。
願いは通じて、神品『夏姫』は無事我が手に落ちた。》
なんだかいろいろな意味で凄い文章だ。この次の頁にも似たような、しかし逆の記事があった。稲垣書店・中山信如「即日完売した久米正雄旧蔵映画資料」。『日本古書通信』一九九〇年四月号にその資料の目録を掲載したところ、刊行されるやいなや、
《イの一番の電話でいきなり「全部くださ〜い!!」と言われ、全点即日完売》
だったのだが、問題は稲垣書店の目録は「早い者勝ち」ではなかった。
《一貫して重複品は抽籤とうたう当店としては、ハイわかりましたそれでは全部と答えるわけにもいかず、締切日まで二週間の猶予を願い出て受話器を置いた。》
結局は映画スター関係に重複が集中したためほとんどは一番電話の人物に渡ったそうだ。稀覯本や貴重資料はガッチリ買うのも苦労(心労も銭労も)が多いというお話、いや、良い古書店は公平だというお話、二題。