
市中で用事を片付け、姉小路通寺町西入ルにある
骨董均一台からこの珉平焼(みんぺいやき)の小皿を買った。明治期のもの。目立つ窯キズがあるが、食卓ではなくパソコン・デスクに置いて小物でも入れたらちょうどよい。渋い黄色が目を楽しませてくれるだろう。店内に無傷の同様な小皿があって、そちらは二千五百円也だった。
《珉平焼〈みんぺいやき〉は、江戸後期の文政年間(1818~30)、淡路島の南端、三原郡伊賀野村(現南あわじ市北阿万伊賀野)で賀集珉平〈かしゅうみんぺい〉が創始したやきものです。京都の陶工尾形周平〈おがたしゅうへい〉を招き、京焼の色絵陶器技術とそのデザインを導入しました。天保年間後期(1838-44)頃には阿波徳島藩の御用窯になったとされています。
珉平焼の特徴はその製品の多様性にあり、京焼の色絵陶器写しや中国陶磁写し、さらには漆器や金属器を写したものまで作られています。これだけ幅広いバリエーションのやきものを生産した窯は、江戸後期の国内では他に知られていません。珉平の没後は甥の三平や淡陶社がその製陶技術を引き継ぎ、明治期の国内外の博覧会に出品し、海外にも輸出し販路を広げました。また近年には、明治から大正時代にかけての窯跡付近の発掘調査が行われ、これまで不明であった珉平焼の新たな側面が明らかになりつつあります。》(兵庫陶芸美術館のHPより)
*