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三條廣道辺り![]() 石原輝雄『三條廣道辺り 戦前京都の詩人たち』(銀紙書房、二〇一一年八月二七日)読了。マン・レイを巡る旅はどこまで続くのか、数奇な書物や人々とのさまざまな出会いが綴られていて、ある種、感動的ですらある。内容紹介については周到な著者自身による帯文を引用しておく。 《中西武夫のスクラップ・ブックに詰まった不思議から 俵青茅詩集『夜虹』を飾ったマン・レイのレイヨグラフ さらに山本悍右のオリジナルまで ── 詩雑誌『青樹』『麺麭』『夜の噴水』を巡る マン・レイ受容史を書き換える画期的発見 戦前京都の詩人 俵青茅(1902-1964)と天野隆一(1905-1999)が選んだ写真に迫る。三條廣道は現在の京都市美術館南東側 京都詩人協会の事務所があった。著者渾身の240頁、限定75部》 やはり興味深く読んだのはマン・レイのタイプ原稿(上写真)発見のくだりであろう。未発表の原稿ようで、写真を始めたきっかけから映画製作についてまでを手短に語っている。中西武夫が一九三二年にマン・レイを訪問して、おそらくその折に依頼したもののようだ。ただ、この原稿がどこかに発表されたという形跡はいまのところ見当たらないという。詳しくは本書を読んでいただきたいが、原文で次の部分が気になった。 《The impressionists thought they had finally seized light, but here is a new medium offering light itself as the goal. I suppose there will always be someone to continue painting; from time to time I myself am moved by an old impulse to use paints, but that does not prove that painting is dead, just like so many other things are dead, and people still continue to play with, not realizing they are playing with a corpse.》 印象派の画家はついに光をとらえたと考えた。けれど、光そのものをゴールとして提供する新しい媒体がここにある。絵を描きつづける人はいつもいるだろうと思う。ときとして私も絵具を使うというなつかしい衝動にかられる[マン・レイは画家を目指していた]。しかしそれは、ちょうど他のとても多くのものが死んでいるように、絵画が死んでいるということの証明にはなっておらず、人々は、屍体を玩んでいるとは気づかないまま、いまだに玩びつづけている。 本書にも和訳が収められているが、あえて拙訳を試みてみた。マン・レイの印象派絵画と写真術に対する考えはちょっと単純するぎるように思う。印象派絵画は写真の影響を多分にこうむっているに違いないからだ。まあ、それはどちらでもよい。困ったことに引用文中の《but that does not prove that painting is dead》というところがどうも意味が通らない。《painting is dead》はたぶんニーチェの「神は死んだ」のパロディと考えていいのだろうが、《that does not prove》なら《dead》じゃなくて《alive》とするべきところなのではないか? これは英語に習熟された方にご教示いただきたい。 *
by sumus_co
| 2011-07-21 22:00
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