アンリ・モンドール『マラルメ伝』(GALLIMARD, 1941)に挟まれていた生写真。裏面に鉛筆で「54.7.15」とあるが、検索してみると昭和二十九年は先祭(17日)20基、後祭(24日)9基が巡行したそうだ。二番目の写真は本日正午ごろに同じ場所を撮影したもの。
《この有名な祭には、「山」と呼ばれるものと「鉾」と呼ばれるものと、二種類の祭礼の道具がある。道具というよりも、これはいずれも神の依りしろである。山は現在二十二基、鉾は現在七基を数える》(杉本秀太郎「神遊び」『新編洛中生息』ちくま文庫、一九八七年)
《「祇園御霊会」として、毎年六月十四日に定まったのは、百年後の天禄元年(九七〇年)からで、やがていわゆる〝作り山〟が姿を見せはじめ。平安時代の末ごろには、すでに鉾六十六、山八十四を数え、美麗目を奪うものがあったという記録が残っている。》(奈良本辰也編『京都故事物語・上』河出文庫、一九八七年三版)
天禄元年六月十四日というのはグレゴリオ暦970年7月24日(ユリウス暦970年7月19日)になるらしい。