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あいまいな記憶洲之内徹『気まぐれ美術館』(新潮文庫、一九九六年一〇月一日、カバー装画=松本竣介)。 日曜日にメリーゴーランドで洲之内徹の文章の載っている雑誌のコピーを頂戴した。『季刊えひめ』第四号(松山文化団体連絡協議会、一九七六年九月)伊丹万作追悼特集。ここで洲之内は「あいまいな記憶、または記憶のあいまいさ」と題して伊丹万作との一瞬の出会いを回想している。後藤洋明編「洲之内徹文献目録」(『気まぐれ美術館』図録、朝日新聞社、一九九七年)によれば、同誌第五号(一九七七年二月)にも「青年美術家集団の思い出」を執筆しているようだ。コピーを下さった方は月の輪書林の目録から入手されたそうだが、検索してみると、宇和島市立図書館、西条市立図書館、新居浜市立図書館に所蔵されている。 洲之内は『絵のなかの散歩』(新潮文庫、一九九八年)所収の「古賀春江「ミルク」」および『気まぐれ美術館』所収の「ある青春伝記」(および「くるきち物語」)に重松鶴之助を取り上げ、松山中学で三年先輩だった伊丹万作が初め画家志望だったことに言及しているが、「あいまいな記憶、または記憶のあいまいさ」では昭和十年か十一年頃、石鎚山登山のため面河(おもご)に投宿したときに間近に見た伊丹万作についてぐにゅぐにゅっと書き綴っていて、これはいかにも洲之内らしい文章だ。 《その、中途で旅館に帰ったときだと思うが、私たちは宿帳を出されて、めいめい名前を書いた。すると、私たちの前に、やはり三人組の泊り客が名前を書いているのだが、三人共、職業のところを山師と書いている。ふざけた野郎だと笑いながら、三人でその宿帳をまわして見ているうちに、松木勇が、この池内というのは伊丹万作じゃないか、と言いだした。言われてみると、その池内義豊というのは伊丹万作の本名のような気がしてくるのであった。》 そして洲之内は伊丹万作らしき人物がコンタックスのカメラを持っていたことをはっきり覚えていた。そのことは後に伊丹万作未亡人にも話した。 《伊丹万作夫人が安物の下駄の表面に筋にして溝をつける内職などしながら、二人の子供(ひとりはいまの伊丹十三、ひとりは大江健三郎夫人)と松山市郊外のお寺に身を寄せていられるところへ、私は伊勢野重任氏に連れられて行ったことがあるが、そのときもその話をした。すると未亡人は 「あのコンタックスは千恵蔵さんに戴いたものです」 と、懐かしそうに言われたが、考えてみると、伊丹万作氏が肩に掛けていたカメラがコンタックスだと、どうして私が知っていたのか、これがまた不思議である。》 などと話はどんどん脱線して行く。いかにも洲之内流である。また洲之内年譜に関連しては《昭和十七年の秋、ほんのひと月ほどとはいえ、考えてみると、私は休暇で内地へ帰ってきているのである》が重要。それから青井辰雄についての情報も出ている。 《青井照雄は青井辰雄の兄で、青井辰雄は中学で私の二、三年後輩だったが、同じ絵画部にいたので、その頃からつきあいがあった。 青井辰雄は中学を出て多摩美に入り、そこを出ると改造社の宣伝部に入って本の装訂などをやっていたが、戦争になって召集され、終戦間際まで満州の部隊にいたらしい。戦後再び改造社に戻り、改造社が潰れると、最後は母校の多摩美大の教授になっていた。私の青井辰雄とのつきあいは戦後が主だが、つきあいの古さでいえば三人のうちでは彼がいちばん古く、その彼が兄の青井照雄を私に引き合わせたのにちがいない。 青井照雄はその頃日大の芸術科へ行っていて、詩を書き、横光利一氏に目をかけられて、氏のところへよく出入りしていたようである。》 久しぶりに洲之内徹を読み直すきっかけを与えられたようで、有難い資料だった。深謝です。 『気まぐれ美術館』に掲載されている伊丹万作の油絵「祖母の像」。大正十一年頃の作で中村草田男が所蔵していたという。
by sumus_co
| 2011-07-11 21:05
| 古書日録
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