
Roger Grenier『Regardez la neige qui tombe Impressions de Tchékhov』(Editions Gallimard, 2005)。初版は一九九二年。『ブッキシュ』第九号(BOOKISHの会、二〇〇五年九月一〇日)に掲載されている堀江敏幸「メロンと爪ーーロジ・グルニエと山田稔」には次のように書かれている。一九九二年秋、ヴァレリー・ラルボーの会でグルニエに初めて会った堀江は後日ガリマール書店のグルニエを訪問する。グルニエはガリマール書店の編集顧問だった。
《迷路のような社屋の通路をくねくねたどって事務所を訪れ、氏自身の仕事のあれこれを語ってもらうという夢のような時間を過したのだが、ギベールの飜訳が終わったらつぎになにを選ぶかと問われた私は、迷わず答えた。自分にはとても無理ですが、なにか推薦せよと日本の出版社に訊かれたら、あなたのチェーホフに関するエッセイをつよく推したいと思います、『ほらごらん、雪が降っているーーチェーホフの印象』は今年出た本でもっとも印象深いものでした。おやおやありがとう、とグルニエ氏は目を丸くし、でも、その本ならもう日本語訳が決まっていると聞いたよ、とても良心的な出版社だそうだ、確認してみよう、とすぐに内線で該当部署を呼び、受話器のむこうから聞こえてきたMI-SU-ZUという単語を反復した。》
これが山田稔訳の
『チェーホフの感じ』(みすず書房、一九九三年)である。それから十二年経って堀江は山田稔と深夜のラジオ番組で初めて会う。
《先にスタジオに来て休んでおられた山田さんが、軽く会釈をしてすっと椅子から立ち上がったときの様子は、飄々として、飾り気がなくて、やさしそうで、でも、よく冷えたなにかを身体のなかに抱えているような独特の雰囲気があって、それは作品の印象とたがわぬものだった。》
そうそう山田稔さんと言えば、キティ・ウーさんが最近の山田さんの様子を日記に書いてくれていた。
《今日は代休をとって京都へ。
山田稔さんとお茶。
さらっと、書くけど、文章冒頭で、人生の冴えてなさを嘆くけど、こんな時間を過ごせるって、あるようでないよ、と帰りの京阪電車のなかで、うすぼんやりとかんがえた。「もう書きたいことがない」とおっしゃっていたのはひどく残念だった。
この世のすべての行為が別れの手続きだ。 》
「もう書きたいことがない」のか……。それはともかく『Regardez la neige qui tombe』を読み出してみると、分かり易い文章で嬉しくなった。うれしくはなったが、そういえば、チェーホフってほとんど読んだことがなかったなあと思い当たった。「桜の園」くらいかな……。まずチェーホフを読もうと思い直したのであった。
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よんどころない用事によって五日間ほどブログを休みます。