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鮨12ヶ月

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石丸久尊(料理)・野中昭夫(写真)・杉本伸子(文)・早瀬圭一(エッセイ)『鮨12ヶ月』(とんぼの本、新潮社、二〇一一年四月二〇日)。「新橋鶴八」主人・石丸氏の鮨(すし)を十二ヶ月にわたって撮影取材し、まとめた一冊。野中昭夫はかつて『芸術新潮』のスタッフとして活躍したカメラマンなので、『芸術新潮』のバックナンバーを集めていた小生にとって、その名前はとても馴染深い。そしてこの本の成否はすべて野中氏の写真にかかっているとも言えるが、それはなんともしっとりと鮨のたたずまいを伝えることに成功しているように思う。

開店以来の客である早瀬氏のエッセイによれば、担当編集者S氏も「新橋鶴八」の客で《「銀座、新橋界隈で、自分の金で月に一回ぐらい行ける真っ当な鮨屋はあそこしかないと思い、開店以来通っています」》ということだ。しかも早瀬氏と共に店主とは修業時代からの顔なじみなのだそうだ。そんな客がおり、これほどの一冊ができあがる。店主の、腕はもちろん、徳というものであろう。

石丸氏は十歳のときに二十五歳の長兄と二人で佐賀県から上京。九段中学を卒業後、神田神保町「鶴八」に住み込み見習いとして入った。親方は師岡幸夫(著書に『神田鶴八鮨ばなし』草思社、一九八六年/新潮文庫、二〇〇三年)。昭和五十七年三十二歳で「新橋鶴八」として独立、開店三十年を迎える。店主前口上にこうある。

《独立にあたって親方から言われたことは、「鮨は誰もが握れて、それなりに上達できる。しかし、それだけでは駄目だ。人間としても成長していかなければ意味がない」と。
 そのためにはどうするかと言うと、「店には一流のお客様が見える。一流の人はやはりいい事を話しているので、よく聞いて自分のものにすることが大切」と。》

これは古本屋にも通じる名言だろう。

《お客様が驚くことがあります。ウニの盛りがいいことです。ウニは箱にはいったものを、匙ですくって酢飯の上にのせればそれでお終い。職人としての仕事は何もしていません。ですからせめて盛りを多くしたい、というのが私の気持ちなんです。それと、残って明日に持ち越すよりも、お客様に喜んでもらいたい、というのも盛りのいい理由です。》

《白くて大きいのがムラサキウニ、オレンジ色で小粒なのがバフンウニ。いずれもしっかりとした形状を保っている。甘さとねっとり感の強いバフンと、バフンに較べては優しい甘さのムラサキとの合い盛り。口中を舞台に、2種類の華やかな競演が繰り広げられる。ふむ、ふむ、ふむ。しばし言葉がでない。》(杉本伸子)

一年間、毎月のタネが二〇一〇年から一一年にかけて紹介されているため、はしり、旬、名残、それぞれの姿や風情の違い(味の違いは解説だけで……当り前だが、涎)を新鮮な驚きをもって眺めることができる(小生、鮨を食べるのは年に一度くらいのものなので、季節感についてはほとんど考えたことがないのである)。とくにほぼ毎月登場するコハダが何ともうまそうだ。コハダも月によってそれぞれ味わいが違う(むろん個体差もあり、同じ個体でも部位によって味は異なってくる)。

画家という立場上、鮨はおごってもらうものと決めている(よく考えると画家とは関係ないかも、単にビンボーなだけ。妻はまったく海のものが食べられない特殊体質だという理由も少しはある)。「新橋鶴八」も二度ほど御馳走してもらった。むろん味は抜群だった。連れて行ってくれた人はバブル全盛の頃、東京中のうまいものを食べ尽くした、むろん名店といわれる鮨屋もすべて制覇した(接待で通った時代!)と言うのだが、そういう人が身銭を切って食べる店がこの「新橋鶴八」なのだ。ただし決して高い店ではない。

《1人のお客様から300円の利益を得ようと思ったら、1回で利益を出すのではなく、1回に100円ずつ、3回合わせて300円になればいい》(前口上)

という師岡親方の教えを守っておられるようである。

鮨は日本がオリジンではないが、ここまで洗練された食の形として完成させたのはまぎれもない日本人であろう。その幸せをかみしめることのできる一冊。かみしめるとは言っても写真は食べられないから歯がみするだけなのだけど。また連れて行ってもらおう(自分で行きなさい!)。
by sumus_co | 2011-05-22 20:54 | おすすめ本棚
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