
『トップライト』第一巻第六号(世界社、東京都京橋区西銀座五ノ四安藤七宝ビル三階十二号、編輯兼発行人=萱原宏一、表紙=二見源治)。口笛さんで買った一冊。決まりきった検索をかけてみると、創刊号(一九四六・七)は日本近代文学館に、二巻三号(一九四七・三)が神奈川近代文学館に所蔵されていた。日本の古本屋に四冊出品されており、二巻九号(一九四七・九)が最新である。
萱原宏一(かやはら・こういち、1905~1994)は元『講談倶楽部』編集長、『私の大衆文壇史』(青蛙房、一九七二年)他の著書がある。二見源治は東京芸大の図案科を昭和六年に出ているようだ。
この雑誌(B5判、本文54頁)は敗戦後にたくさん出た総合雑誌の一種のようで、小説は芝木好子、井上友一郎、劉寒吉、対談に新居格が登場しているが、さして興味をひくものではない。では何故これを買ったのか、それはひとえに北園克衛が一頁寄稿しているからである。

その記事は「男の流行と身嗜(みだしな)み」と題されており、こんなふうにはじまる。
《冬は霙まぢり風とともに蕭条とバラツクの街に訪れてくる。せめて襟巻(マフラー)くらひ新しくしたいと考へるのは僕ばかりではないであらう。流石に銀座の飾窓には、人々のあはただしい歩みを泊めるやうな素晴しい襟巻も出てゐる。マフラーは、スカーフとも呼ばれ長方形の布切れである。これを女性が用ひるとシヨールとなる。しかし実際にはシヨールの方がずつと形が大きい。》
そしてプル・オーヴアー・スウエーター、カーデイガン・スウエーター、手袋の紹介と着用法(主にアメリカの学生の)を紹介し、つぎのように締めくくっている。
《最後に今年のクリスマスはどうであらう せめて 何か小さな贈物(プレゼント)をしたい。
プレゼントはあまり大げさなものは感心しない、それよりか小さくて星のやうに心を射るといつたやうなものがよい。そしてそれには何かユニークな数行の言葉を忘れないように。これはクリスマス・カードの場合にも是非、あの在りきたりのハツピー・ニユー・イヤーではつまらない。何か素晴しいマラルメの詩のやうな一行を付加へるのがよい。》
モダニスト北園克衛の面目を施すような文章に思わず「キザ!」とつぶやいてしまった。北園がアメリカ雑誌に通暁していた様子がよく分かるような気がする。まるで少し後年の植草甚一みたいに。それにしても昭和二十一年の年末にはもうこれほどの余裕があったのだろうか。