
植草甚一の年賀状を入手した。同じ絵柄の年賀状が『植草甚一マイ・フェヴァリット・シングス』(世田谷文学館、二〇〇七年)にも掲載されている。そちらは関口良宛。こちらは集英社出版部の某氏宛。集英社からは単行本を出していないはずだがと思いつつ、同書の参考文献目録を調べてみると、一九七三年に『Weeklyプレイボーイ』に「植草甚一 趣味で一生をつらぬき通す雑学ダンディ」などの記事が出ているからその関係だろうか。
植草甚一はコラージュについてこんなふうに書いている。「そこにあるのに発見できない 池田満寿夫とぼく」(『いつも夢中になったり飽きてしまったり』番町書房、一九七五年四月二五日、所収、初出は『池田満寿夫全版画作品集』美術出版社、一九七二年)より。
《コラージュというやつは、手元にある無関係な切り抜きをくっつけ合わせ、それが自分の気にいるようになりながら、なにか別のものに変化してしまうときの快感にあるのであって、それはほとんど即興によってできあがってくる。誰にだってできることだし、ぼくも数年間やってきたが、そんなときはいつもエルンストの『百頭女』や『慈善週間』が、お手本のようになって頭にこびりついている。最近いちばん感心したのはジャック・プレヴェールの『ファトラ』で、どうしてこんなに素晴らしい想像力が生まれてくるんだろうか、これにはとてもかなわないなと思ったものだ。》
『百頭女』や『慈善週間』については二〇〇九年七月に書いたことがある。瀧口修造もシビレてしまったシロモノだ。
http://sumus.exblog.jp/11524274
プレヴェールのコラージュは素晴らしい。折しも現在、パリの
Maison Européenne de la Photographie において「Collages de Jacques Prévert, Photos détournées」という展覧会が開催中である(四月十日まで)。見たーーい!
Jacques Prévert『Fatras』(Gallimard/NRF, 1966)、下は元版ではなく新書サイズのフォリオ・シリーズ(ガリマール)。

いずれプレヴェール・コラージュ展の図録は入手するとして、植草甚一のコラージュ作品集でもどこか出版してくれないものだろうか。それまでは『植草甚一主義』(美術出版社、一九七八年)でも眺めておこう。