
S・S ヷン・ダイン『甲蟲殺人事件』(森下雨村+山村不二共訳、新潮社、一九三一年一二月二二日)。上が表紙、下は扉。しばらくぶりに佐野繁次郎装幀本。佐野集成009番だが、そちらは十二版、こちらは初版。ただしカバーはない。カバー付きだとン万円の品。
カブトムシ殺人事件ではなくスカラブ殺人事件と読むべきなのだろうか? 本文冒頭、甲虫に「スカラブ」とルビがある。ちなみに創元推理文庫版は『カブト虫殺人事件』(井上勇訳)。原題は『The Scarab Murder Case』でここで問題になるスカラブは昆虫ではない。
《スカラブだよ、警部。スカラベエともスカラベイドとも、又スカラベウスとも云ふーーつまり甲虫なんだ。……この卵形の瑠璃が昔の埃及の神聖な記章だつたんだ。……それはともかく、これは又実にすばらしいものだ。これはインテフ五世ーー第十七王朝の王[ルビ=フアラオ]ーーの玉璽だ。》
スカラベは不死の象徴、印章のデザインにも用いられた。ところでこの部分では甲虫のルビは「かぶとむし」となっている。文章の流れから見て当然か。ふ〜む。昆虫として考えたとき、カブトムシ=スカラベかというと、そうではないとは言えないが、そうだとも言いにくい。大きく分類すれば、コウチュウ目カブトムシ亜目コガネムシ科までは同じ。そこからスカラベはダイコクコガネ亜科〜タマオシコガネ属となるが、カブトムシはカブトムシ亜科〜真性カブトムシ族〜カブトムシ属(以上の分類はウィキ)。
ご存知のようにアンリ・ファーブル『昆虫記』の冒頭に登場するのがこの「スカラベ・サクレ」。大杉栄訳が手許にあるので引用してみるとこうなっている。
《私達はスカラベ サクレ(金亀子[ルビ=こがね]の一種、scarabée sacré 英 Sacred beetle)がもうレザングルの砂地の高原に現はれて、古代エジプト人にとつては地球の像であつたところの、其の糞玉をころがしてゐるかどうかを見に行つたものだ》
大杉は敢えてタマオシコガネだとかフンコロガシなどと和名にしていない。大杉にならったわけでもないだろうが、奥本大三郎訳も「スカラベサクレ」のようだ(こちらは架蔵しないのでネットで調べただけですが)。ただしファーブルの記録したスカラベは後に新種であることが解り「スカラベ・ティフォン」と呼ばれるようになったというから、またややこしい。