
午前九時過ぎ、齋藤さんが絵屋へ迎えに来てくれる。市島三千雄(いちしま・みちお)の詩碑へ案内してくださるとのこと。その前に時間待ちということで、ご持参の尾形亀之助『色ガラスの街』(オリジナル!)や杉江重英、高橋新吉など貴重な詩集を拝見する。杉江重英には強く魅かれた(よく知らなかったが、調べてみると古書価はかなりのレベルだ)。

まず坂口安吾風の館(旧市長公舎)へ。入場無料であるばかりか、絵葉書までくれた(坂口綱男撮影の安吾の書き物机、原稿や遺品などが置かれている)。展示物は写真パネルが中心だが、横尾忠則の「ANGO」ポスターは迫力だった。安吾忌の芳名帳なども数冊並んでおり、連なる名前を興味深く見た。
風の館の駐車場に車を置いて、市島三千雄の詩碑まで歩く。五、六分か。海岸沿いの松林のなか。代表作「ひどい海」の一節が刻まれている。引用は初出(『市島三千雄生誕百年祭記念誌』掲載)より、旧漢字のみ改めた。詩碑の文面とは仮名遣いが異なる。
白いペンキが砂に立つて。その灯台がたほれさうーー
日本海が信濃川を越えた
漁猟船の柱が河上へ走つた
あれもこれも貧弱に北の冬に負てゐる
その内俺は泣いてしまつてあやまつたあやまつたと風にお許しを願ふた
元は昭和大橋西詰に建てられていたそうだが、一九九二年に現地へ移され詩碑も新たなものに変ったという。詩の下に関係者の名前が刻まれている。安藤一郎、安西冬衛、伊藤新吉、草野心平、更科源蔵、村野四郎、西脇順三郎、田中伊佐夫、山之口貘、新島節、寒河江真之助、八木末雄、「海底」同人。

市島がうたっているように、海からの猛烈な風で、松の木々はみな陸に向ってあやまっている。奥に見える白い建物は「ドン山」。明治六年から大正十三年まで大砲によって正午を知らせた施設(午砲所)を復元したものだそうだ。

刑務所のあった西大畑公園の西側に「地獄極楽小路」という表示がある。写真右手は刑務所跡、左手は高級住宅街(「白壁通り」とも呼ばれるお屋敷町)。まさに地獄極楽の別れ目。安吾の生家も極楽側にある。

わずかに残る刑務所の煉瓦塀。これはイギリス積みと呼ばれる積み方で、強度があって経済的だとされるようだ。レンガの長い面(長手)と短い小口の列を交互に積み上げてある。塀の厚味は四、五十センチはあったろうか、さすが刑務所。