北沢正誠編輯『象山先生詩鈔 巻之下』(日就社、一八七八年二月二日版権免許)。またしても上下揃わない双白銅文庫なり。揃っていれば、かなりのものだ。いずれそのうち上巻だけ……いつのことやら。
信濃 北沢正誠子進 編
越後 小林虎炳文
美濃 子安峻士徳 校
小林虎炳文は小林虎三郎。吉田松陰とともに象山の弟子のなかで「二虎」と呼ばれた。「米百俵」の逸話で有名。子安峻は日本最古の日刊紙とされる『横浜毎日新聞』の創刊者の一人で鉛活版印刷所・日就社の創立者。読売新聞の淵源である。たしかに明治十一年の活版刷はまだ珍しいと思う。
象山は兵学者として有名になったが、詩も悪くはない。「読洋書二首」。便宜上、二句ずつに分けて引用したが、実際はベタに組まれている。最初の詩の四行目(八句目)最後の文字「壁」について旧蔵者は「恐璧之誤」(おそらく璧の誤り)と朱書している。むろん誤りであろう。象山についてはまったく詳しくないけれど、ざっと略歴を見ると、嘉永七年(1854)、吉田松陰の密航失敗に連座して捕らえられ、郷里松代で蟄居を余儀なくされた。その時期の作だろう。
風露己凄其。荒庭落葉積。
哀鴻響遠空。寒蟀鳴高壁。
我弟在都門。為市新洋籍。
窮格多精詣。珍愛超珪壁。
心為曠澹悦。理将沈潜繹。
日日貪新観。徂景豈足惜。
秋雨変林光。哀草徧池塘。
風物日蕭条。時景似可傷。
譴居同巌隠。無客関門牆。
恬静久成性。玄黙趣偏長。
幽窓繙異書。欲将身世忘。
却愍狂馳子。終歳徒倉皇。
例によって正誤表が綴じ込まれている。「二葉読洋書詩 朱点ヲ以テ二首ノ分界トス」……ようするにここに引用した二首を分けるのを忘れたので朱点を入れたということ。のんびりした時代だよね。