
ありの文庫で買った『新版大東京案内』(ちくま学芸文庫、二〇〇一年)をバラバラッと(たいてい本はパラパラッとしか見ませんので、ここで取り上げた本をすべて読破しているというような誤解はなきようお願いいたします)めくっていると「復興後の銀座通り出雲町から尾張町を望む」という写真が目にとまった。

中央の大きなビルが松坂屋。今で言えば、銀座通りの七丁目「ライオン」の向い(西側の角)から四丁目方面にレンズを向けたことになろう。この写真の右から三番目、三角屋根のある少し低くなっている建物。ここが警醒社書店(など)だった。そして昭和六年に立て替えられて銀座紀伊國屋書店となる。これは内堀弘さんの連載「予感の本棚」に関連してこれまで何度か書いたのでリンクしておく。単行本が待ち遠しい。
『scripta』6号
http://sumus.exblog.jp/7851751
『scripta』7号
http://sumus.exblog.jp/8179774
『scripta』8号
http://sumus.exblog.jp/8876743
しかし、昭和四年十二月刊行のこの本、スコブル面白い。今、見つけた「深川大工町のアパート街」という写真にはこんな説明があった。
《アパートを借りたい希望者は多過ぎるので空きが出来次第申込者を入れるのだ。もともと同潤会の事業は社会事業的性質をもつてゐるものだから、誰にでもと云ふわけに行かない。希望者の収入と家賃の比が二割内外でなければ受付られない。》
洲之内徹が昭和六年に入居したのが深川東大工町同潤会アパートだったということは以前も言及した。そんな規定があったとは知らなかった。