『森井書店古書目録』第三十一号(二〇〇六年七月)に掲載されている三好達治から淀野隆三宛の書簡。四百字詰原稿用紙二枚、封筒付き。昭和三年。その一枚が図版になっていてほぼ判読できる。
《昨日電報頂戴しましたが少し都合が悪くて御
眼にかかれず別れてしまいました。悪しから
ず。
御約束により御令嬢様□
「華子」と御名前をつけられては如何。と申し
あげます。「華」と云ふ字が急にその美しさで僕
を誘ひました。時は春、僕の室の前には昨日
から白い桃の花が咲きました。もしも御気に
召さなければ、どうぞ宜しき様御取消し下さ
い。
春の風 吹くや小さき午の門。》
「午の門」でいいと思うのだが、「ひる」の門か、「うま」の門か。「午門」は南の門と言う意味だが。なお長女(第一子)の名前について淀野隆三日記第十冊(
『spin』07掲載)にはこうある。昭和三年。
《三月廿五日午前一時、
永いあいだのブランクの後に、私は書きつける。
昭和三年三月十九日 私は父になつた。
と。そして、その女の子に、
華[ルビ=ハナ]子と名付けたことを。
三好が名付け親だ。(三年四月八日夜)》