受贈多謝のなかに『VIKING』720号(バイキングクラブ、二〇一〇年一二月一五日)および『大和通信』第87号(海坊主社、二〇一〇年一二月一〇日)を洩らしていたので追加しておく。書影は省略御免。
『VIKING』、中尾務さんの連載「VIKING 2」(十一)は久坂葉子の死についてなど。
《一九五二年の大みそか、久坂葉子(本名・川崎澄子)は、午後九時四五分、阪急神戸線の六甲駅において三宮発梅田行特急に飛びこみ、その生を閉じる。》
『久坂葉子詩集』
http://sumus.exblog.jp/6603181
久坂葉子資料手引き目録
http://sumus.exblog.jp/13423086
また『大和通信』での連載では『島尾敏雄日記』について書いておられる。『「死の棘」日記』(新潮社、二〇〇五年)と『島尾敏雄日記ー「死の棘」までの日々』(新潮社、二〇一〇年)に収録された島尾敏雄の日記にはすっぽりぬけおちている部分がある。島尾敏雄が一家で上京し、島尾の女性関係によって「死の棘」的状況が現出するまでの間、妻を狂気に追いやった夫の不行跡が消去されたかっこうになっている。
それは妻である島尾ミホによって廃棄処分されたと従来言われていたが、再生不可能なほどに破壊されて破片の状態で保存されていたことが判明した。『島尾敏雄日記ー「死の棘」までの日々』カバーにその写真が使用されている(
http://www.shinchosha.co.jp/book/310107/)。それに関して中尾さんはじつに興味深いことを記しておられる。
《実は、八年前の秋、林富士馬の追悼会の翌日か翌々日かに、島尾の『こをろ』以来の友人、眞鍋呉夫さんから、筆者は、こんなことをおしえてもらっている。
「ぼくは、「死の棘」の女性を紹介したということで、はやくから島尾家に出入り禁止になっているけど、じっさいは、ちがうんですよ。あの女性は、ぼくのカノジョだったんです。ぼくが島尾に紹介したんではなくって、島尾がぼくからうばったんです」。》
う〜ん、なるほど。