
『福島自由人』25号(北斗の会、二〇一〇年一〇月二五日)を頂戴していたのに書斎整理に取り紛れて紹介するのが遅くなってしまった。御礼とお詫びを。菅野俊之さんが「泉鏡花と福島ー「龍膽と撫子」を中心として」を執筆しておられる。泉鏡花は明治三十二年、三十三年、大正十年と三回ほど福島県を訪れた。そのときの取材をもとに多くの作品を書いたという。そのなかでもずっと黙殺されてきた未完の小説「龍膽と撫子」について詳しく説かれている。この作品はプラトン社の『女性』に連載され一部が単行本『りんだうとなでしこ』(プラトン社、一九二四年)として刊行された(これは珍しい本のようだ)。詳細は本誌をご覧いただきたいが、久生十蘭にも飯坂温泉を舞台とした小説があるそうで、地域へのこだわりは際限なく広く深くなってゆくようだ。
上の写真は上海のカールトン・シアターのプログラム。ただし年代が定かではない。一九二〇年代かとも思うが……。どうしてこれを出したかというと、『福島自由人』に高村光太郎の「あどけない話」が引用されていたから。例の有名な《智恵子は東京に空が無いといふ、》ではじまる詩だ。そして、そういえば、このプログラムにはその高村光太郎の詩と関係のある広告が載っていたことを思い出した、思い出したとたん整理中の段ボール箱から飛び出してきたのである。ほんと。ふしぎ。

詳しくは拙著『古本屋を怒らせる方法』の「光太郎、スカッとさわやか」参照してほしいが、高村光太郎の「狂者の詩」にこの広告にある「サナトゲン」が登場している。
コカコオラもう一杯
サナトゲン、ヒギヤマ、咳止めボンボン
妥協は禁制
サナトゲンは強壮剤、「ファイト、いっぱーつ」ってな薬(?)であろう。ということはコカコオラも当時(初出は大正元年)は薬屋で売られていた可能性がある、というか、銀座のどこかのソーダファウンテンで光太郎は飲んでいたのかもしれない。

そしてこれが高村智恵子。大正五年(筑摩書房版『高村光太郎全集』より)。よく知られる縞の着物の写真よりも痩せて美形に見える。プログラムといっしょにしまってあったコピー資料から。