
今年の知恩寺の収穫でいちばんうれしかったもの。犬の研究社編『テリア犬の知識』(犬の研究社、一九三七年三月五日)。発行者は白木正光。拙著『喫茶店の時代』の原稿を書いているとき、白木正光『大東京うまいもの食べある記』(丸ノ内出版社、一九三三年)にお世話になったので、その名前を覚えていたのだが、白木には大正末頃から「飼い方」シリーズ(金魚、伝書鳩、鳴虫)や犬の訓練法などの著書がかなりある。
だが問題は白木ではない。田村菊次郎である。この本に「日本テリアの黎明から現在まで」を執筆し、愛犬ジヤツク号の写真を載せている。


そして田村菊次郎の住所が「大阪市南区難波新地四番町三一」と明記されている。これが重要なのだ。『spin』06の瀧克則「宇崎純一ノート」に出ている文芸雑誌『白楊』(一九一〇年創刊)を主宰していた田村華陽、彼の本名が田村菊次郎なのである。宇崎純一の幼友達で親友。また宇野浩二らともつきあいのあった文学青年。
『テリア犬の知識』という本があること、田村菊次郎が日本テリアのブリーダーの草分けだったことはネット検索で分かっていた。しかし同姓同名という可能性もなくはないと思っていたのだが、この住所はスミカズの経営していた波屋書房のごく近所である。難波新地四番町は現在のビックカメラなんば店の周辺(古くは大阪楽天地〜大阪歌舞伎座〜千日デパート〜プランタンなんば)。まず同一人物とみて間違いないだろう。
画集など大型の本が並んでいる平台につっこんであった。背を見たときにはとっさに「これが、アレだっ!」とピンときたのだが、値段を見るまではヒヤヒヤだった。ひょっとして高額ではないか……そろそろと函から本体を引き抜いてみた。鉛筆書きの数字は期待を裏切る安値だ。思わず顔がゆるんだのが分かった。

もうひとつスミカズ関連の素晴らしい買物があった。知恩寺の帰りにアスタルテ書房に立ち寄って『男の隠れ家』のことなどをしゃべってから、ソファーの足許に置いてある小箱を漁っていると、なんと、このかわいい波屋書店のレッテルががヒョコッと顔をのぞかせたのだ。もちろんスミカズのイラストだろう。出会うときには出会うものである。めでたし、めでたし。
ちょっと待てよ。波屋書店(房ではない)となっているじゃないか。これはいくつかの波屋書房の刊行物の奥付にも記されていて、単純な誤植とも言い切れないなと思っていた。レッテルにまで書いているのだからひょっとして……。「大劇」は現在の「なんばオリエンタルホテル」だからその西ということは波屋書房の場所で合っている。謎である。