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豚の前に薔薇を撒く

b0081843_19443834.jpg


京都駅の美術館「えき」で「ブリューゲル版画の世界」を見る。ベルギー王立図書館所蔵作品。これは三十八年前(一九七二)にも招来されており、当時は京都国立近代美術館他で展覧された。その図録と較べてみても、ほぼ同じような内容だが、当時は見ていなかったし、いずれにしても見応えはあった。まっとうな風景画からだんだんと怪奇な世界へ進んでゆくさまが、なんとなく当時のオランダ(といっても現在の「オランダ」ではあろうはずもないけれど)の不可解な状況を反映しているようで興味が尽きない。

例によって、細かいことひとつ。今回の展示ではブリューゲルだけではなく同時代の関連作品が並べられており、それがなかなか面白かった。そのうちの一点、フランス・ホーヘンベルフ「青いマント」という当時のネーデルラントのことわざを描いた絵のなかに「豚の前に薔薇を撒く」図が混じっているのが目にとまった。

b0081843_19384417.jpg

まさに豚に薔薇の花を与えていて、ブリューゲルもまた同じ諺を描いている。

ネーデルランドの諺 内容詳解図
http://www.salvastyle.com/menu_renaissance/brueghel_proverbs01.html

《豚の前に薔薇を撒く(豚に真珠と同意)》と説明されている。『文字力100』の「博物誌」のところで書いたことがあるのだが、「豚に真珠」という諺、どうも意味が取り違えられてはいないだろうか? 『広辞苑』(第四版)にはこう出ている。

《(新約聖書マタイ伝による)高い価値あるものでもそれの分からない者には無価値に等しいことのたとえ》

ところが、じつはマタイ伝第七章第六節には次のように書かれているのだ。

《6聖なる物を犬に與《あた》ふな。また眞珠《しんじゆ》を豚《ぶた》の前《まへ》に投《な》ぐな。恐《おそ》らくは足にて踏《ふ》みつけ、向《む》き反《かへ》りて汝《なんぢ》らを噛《か》みやぶらん。》(『舊新約聖書』神戸英国聖書協会、一九二七年)

念のため英訳(ニュー・インタ—ナショナル版)とヴルガタ版を引用しておく。

6"Do not give dogs what is sacred; do not throw your pearls to pigs. If you do, they may trample them under their feet, and then turn and tear you to pieces.

6 nolite dare sanctum canibus neque mittatis margaritas vestras ante porcos ne forte conculcent eas pedibus suis et conversi disrumpant vos

どう読んでも《無価値に等しい》というたとえじゃないだろう。ズタズタに引き裂く《tear you to pieces》とまで言っているのだ。無価値はゼロだが、これは明らかにマイナスの作用を警告している。《無価値に等しい》は誤解である。

例えば「犬」が異教徒を指すということは先日ちょっと述べた。このくだりはそういうふうに解釈するべきなのではないか。二千年近く経った今もなお、世界のどこかの国とどこかの国の間で作り出されている状況、その愚行こそが豚に真珠のたとえの真に意味するところであろう。

では、薔薇の花ならどうなのか、薔薇は植物だから豚だってムシャムシャと食べてしまうかもしれない。きれいな花も豚にとってはサラダにすぎない、というような諺になるのかな?

上に引用したヴルガタ版のラテン語で「真珠」は「margaritas」マルガリータである。マルガリータならピッツアじゃないか。豚も喜んで食べるだろう、と思ったが、ピッツアは「マルゲリータ」だった。十九世紀のイタリア王妃マルゲリータ(Margherita Maria Teresa Giovanna di Savoia)の名前にちなむらしい。margherita はひなぎく(デイジー)。

ついでにいえば、日本語で真珠の古名は白玉(しらたま)である。これなら食べられる(!)
by sumus_co | 2010-10-26 21:04 | 雲遅空想美術館
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