天野忠『讃め歌抄』(編集工房ノア、一九七九年五月三一日、装幀=粟津謙太郎)。老人文学あるいは文学老人本領発揮の詩集。死にまつわる作品が多い。リンゲルナッツふうなものは好きになれないけれど、若い頃を回想したような作品は、その切り取り方に唸る。「茹卵」「修学旅行」など。詩人の身辺を写し取ったした諸作は、ある意味、おもしろすぎる。「伴侶」など多数。過去と現在がないまぜになったものも好きだ。「猿飛佐助の一日」とか、この「星」とか。
昭和のはじめ
ガリ版刷りの同人雑誌の
貧乏で陽気な仲間が言った。
「諸君、岩波文庫の星一つで
一年間食えるそうだッ」
星印一つの印税で
一年間楽に暮らせるということである。
十あれば十年間 十五あれば……
皆が皆目の眩む思いがして
急いで星かぞえをした。
例えば
志賀直哉 星四ツ
芥川竜之介 星三ツ
例えば
カラマゾフの兄妹 星十五
戦争と平和 星二十二
……
おお せめて
せめて星一つの古典を書き残したいーー
あれから五十年
星一つ残さず仲間は皆退場した。
病死 窮死 戦死 事故死
行方知れず 牢死もある
そして
老衰。
……
住み古したボロ家の窓からも
ぼんやりかすんで
いまも私の眼に見える
星……。
《ガリ版刷りの同人雑誌》は『白鮑魚』(白鮑魚社、一九三〇年創刊〜三一年、五冊? この誌名は中華料理屋のメニューにあった白鮑魚「ポーパオユー」からとったそうだ)だろうか。ただし『岩波文庫総目録』(岩波書店、一九八七年)によれば志賀直哉の四つは昭和三年に二冊目が出て達成しているが、芥川が星三ツというのは昭和八年以降のことだ。三冊目『河童』が昭和八年三月五日に出て、それぞれ星一つなので、合計三つになった。カラマゾフは昭和三年に星十五(四巻)。戦争と平和も同じく昭和三年のことだろう。芥川だけ勘違いしたのかもしれない(?)。
岩波文庫の「星」は百ページで一つ付き、当時は二十銭を意味した。仮に一万部出れば2000円。印税率がどれくらいか知らないけれど、10パーセントとして200円。これで一年間暮らせるかどうか、かなり節約しないといけないだろう。