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パンとペン読了

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『パンとペン』を読み終わった。その「あとがき」に感銘させられた。むろん本文には人間として敬愛すべき堺利彦が見事に描かれていた。なかでは拙著『古本屋を怒らせる方法』(白水社、二〇〇七年)まで引用されていたのに驚かされた(p343)。それは「コカ、コーラ壜詰工場」を紹介した『飲料商報』のくだりで拙著では「光太郎、スカッとさわやか」のなかに出ている(これは『彷書月刊』の食の特集に書いた原稿だ)。じつは『飲料商報』は売文社が編集を請け負っていたのだそうだ。

拙著が出てしばらくしてから、黒岩さんと神田でお話する機会があった。そのとき、開口一番、「『飲料商報』を引用されてましたね!」と言われたのだ。そして「飲料商報社というのは云々」と当方のまったく与り知らぬ情報を教えくださったのだが、今にして思えば、売文社の営業範囲をあれこれ調査されていたわけだ。小生が引用したものは国会図書館に蔵されているのを発見して、西村義孝さんにわざわざコピーして送ってもらったのであった。感謝。

その他、注意をひいたところを二三挙げてみる。まず「フールスキヤツプ判」。

《和文の外国語訳はフールスキヤツプ判一枚(タイプライターにて一行置)金壹円より貳円位まで》(p253)

一九一一年(明治四十四)の売文社の営業広告とのこと。フールズキャップについては以前考察した。A4判と考えていいだろう。

http://sumus.exblog.jp/9146130

それから石龍子。堺利彦や宮武外骨の骨相を観たという(p384-7)。

http://sumus.exblog.jp/13684680

もうひとつは上の章扉の写真。売文社が解散へ向う第九章。注目は壁の肖像である。中央右はマルクスだが、左の壁にやや斜めに貼ってあるのは、これこそカール・リープクネヒトではないか(?)。分かり難いかもしれないので、ぜひ直接本書でたしかめてみていただきたい。

ついでに幸徳秋水旧蔵の『資本論』。一八八九年にロンドンで刊行された『CAPITAL』、資本論の英語版。幸徳が古本屋へ売ったのを福田狂二が見つけて堺利彦に渡したものという。そしてそれを堺は心中する四ヶ月ほど前の有島武郎に贈った。すごい『資本論』だ。どんなものか見たくなる(日本近代文学館に所蔵されているそうだ。有島生馬からの寄贈)。ネットで探すと英語版の初版のイメージが見つかった。

Capital: A Critical Analysis of Capitalist Production. London: Swan Sonnenschein, 1887. Two volumes.

なんだか、細かいことばかりで恐縮だが、神は細部に宿るである(?)。細部がきちんとしていないと全体像に説得力がないのだ(絵でも同じ)。ひとつだけ、細部で気になったところ。それはカフエーパウリスタの場所である。売文社は住所を転々と変えているが、当時マスコミのメッカだった銀座に進出していた時期もあった。

《売文社は一九一三年四月に業務拡張のため、四谷区四谷須賀町から京橋区南佐柄木町三番地(現・中央区銀座六丁目)に移転した。当時、カフェー・パウリスタは京橋区宗十郎町(現・中央区銀座七丁目)にあったので、たしかに売文社のすぐ近所だった。ただし、現在のカフェー・パウリスタ銀座本店は銀座八丁目にあり、この当時とは場所が異なっている》(p278)

パウリスタは大阪の箕面(みのお)に一九一一年六月二五日に初店舗をオープンさせている。銀座店は同年一二月一二日に京橋区南鍋町二丁目十三番地で開店した。ただし、それに先だって宗十郎町に珈琲店を出していた。この点では黒岩さんの記述はおおむね妥当なのだが、長谷川泰三『カフエーパウリスタ物語』(文園社、二〇〇八年)によれば、そこは

《まだ喫茶店とも呼べないような小さな店であり、焙煎のついでに珈琲も飲ませるという程度のものだった》

まだ喫茶店ではなく、高級西洋食料品店として有名だった亀屋鶴五郎商店の裏を借りていただけのようだ。十二月になってようやく、かつての交詢社(当時は時事新報社)の向いで銀座店を開いたのである。下は明治二十八年の銀座の地図(『東京市図』中村芳松)。駅が見えているのは新橋停車場(今の新橋駅ではない。汐留)。中ほどに「鍋町 二丁目」とあるが、たぶんこの「二丁目」の方の左上角あたりが十三番地。

南佐柄木町はその「鍋町」と同じ並びの斜め左上。現在は電通があるあたり。電通(当時「電報通信社」)は一九〇一年一二月、南佐柄木町に転入しているから、ひょっとして売文社と軒を並べていたか(?)、軒は並ばなくてもすぐ近所だった。売文社はそこに一四年四月まであり、次に永田町へ移ったが、さらに南鍋町に戻って来ている(一九一六〜一八)。売文社の住所一覧はp346。

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次の地図は『交詢社百年史』(交詢社、一九八三年一〇月日〇日)に出ている明治三十五年の「東京市京橋区銀座附近戸別一覧」より。黒丸を付けたところが南鍋町二丁目十三番地。

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ちなみに時事新報社がここに移転してきたのは一八八六年(明治十九)一二月二四日。交詢社と隣接して両社が裏口で行き来できるようにし、福沢諭吉は時事新報社内に特別室を作って新聞記事を執筆したという。明治二十三年には時事新報社に交詢社の三等煉瓦家屋を譲渡してその代金で福沢諭吉に設立時の借金を返済した。交詢社も時事新報社も関東大震災で崩壊した。交詢社が時事新報社の跡地を買い入れたのは昭和二年。四年に横河工務所の設計で新しいビルを建てた(二〇〇四年に立て替え新築)。以上は主に百年史年表より。
by sumus_co | 2010-10-22 22:11 | 喫茶店の時代
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