マルセル・パニョル『ファニー』(永戸俊雄訳、白水社、一九四一年五版、一九三五年初版)。例によって装幀が気に入って買ったまま読んではいない。三宅周太郎の「跋」によれば、パリから松尾邦之助と永戸俊雄(エイトトシヲ)が共訳した『トパーズ』の原稿を「東日」の高田元三郎へ送り、高田が三宅に上演の斡旋を依頼して井上正夫が上演し、新時代社から刊行された(一九三一)。さらに永戸が『マリウス』を、そしてマルセイユ・トリロジーの第二篇である『ファニー』を送ってきて(第三篇は『セザール』)やはり三宅の斡旋で上演出版されたということらしい。
それはともかく、この表紙には元ネタがあった。『学燈』一九二六年九月号(丸善)にこういう広告を見つけた。

『Commercial Art』創刊号としか書かれていないが、おそらくロンドンの The Studio Limited 発行の広告図案集というか広告年鑑のようだ。デザイナーが参考にするための書物だから、真似しても問題ないといえば、いえないこともないにしても、もうちょっとヒネリがほしい。
ところで『ファニー』の「訳者の言葉」によれば、マルセイユを舞台にした『マリウス』との二作でパニョルは一躍有名になった。パニョル自身マルセイユの出身だったのだが、その大成功を見たマルセイユ人はみょうなひがみを起こしたらしい。マルセイユ人の欠点を痛快がってパリジャンが喝采していると誤解した。その結果「マルセイユ人連盟」がパニョルにこんな手紙を送ったという。
《パニヨルはマルセイユの近所のオーバーニユの生れで、マルセイユ人ではない。マルセイユの町で生まれたもので、その家系が最小限五十年間、マルセイユの地づきである場合、はじめてマルセイユ人たる資格を有す》《マルセイユ人の欠点はマルセイユ人自身で直すから、よそものは余計な干渉をするな》
どうやらマルセイユ独特の港町気質があるようだ。日本にも似たようなことをいいそうな街も思い浮かぶ。小生、マルセイユには一泊したことがあるだけ。海から小高い丘へと展開する街の眺めが印象に残っている。