
個展が終わって、一息、ただいま本箱の整理中。引越以来の大騒動なり。芦屋の古本市にはパーッと放出する予定。で、この図録を見つけた。『野見山曉治展』(北九州市立美術館、一九八三年)。初めての回顧展だという。野見山の序にこうある。
《回顧展というのは,画家の今日までを振り返って眺める催しかと思い込んでいたのは迂闊だった。
実は,画家の傍にぴたりと寄りそい,絶えず唆かし,画家がどんなに,さよなら,をしても決して離れてくれないあるイキモノの,その正体をあばいてみせる企てだったのだ。》

年譜の脇に掲載されている写真を二点引用する。一九五三年一月九日にマルセイユに到着し、翌日パリのシテ・ユニベルシテールに落ち着いた。この年、椎名や金山(リュクサンブール公園での写真左)と知り合った。他には、田渕安一、岡本半三、飯島一次らと親しくしていたようだ。
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午後三時すぎにファックスが届いた。「町の本屋」という詩がズズズズと現れてきた。池井昌樹の新詩集『母家(おもや)』(思潮社、二〇一〇年九月三〇日)。一枚目だけアップする。

泣いてしまいました。
昌樹さんに、泣かされました。
と書き添えられており、略歴の《一九五三年香川県生れ。》に矢印が刺さっていた。小生より二歳年長の同郷の詩人ということになる。《昭和28年、香川県坂出市生まれ。歴程同人。二松学舎大学文学部卒》(ウィキ)。現代詩文庫も数えて十六冊目の詩集というからかなりなものだ。受賞も数々。現在活躍中の詩人には全くうとい方なので初めて知る名前だった。書店員をしていたという経歴もあるようだから、この詩はそういう意味でも味わい深い。ま、泣きはしませんでしたけどね。
ふつう「おもや」は母屋。源氏には「もや」ともあるらしいが、万葉集で「おも」は「母」または「乳母」、だから母屋。単純にオモニ(韓国語で母)との関連を考えたくなる。