
『彷書月刊』299号は「『彷書月刊』総目次前編1985-1996」。創刊は一九八五年十月号。あと一冊、300号での終刊が決まっている。
小生が同人雑誌ではない、まがりなりにも(失礼!)月刊の商業誌に書いたのは『彷書月刊』が最初だったということを今日あらためて確認できた。
一九九三年十月号から九四年三月号にわたって「神戸・古書店犯罪日録」を六回書いた。これは地震前に神戸に住んでいたとき。地震後に処分したのか手許に掲載誌が見当たらない。たぶん毎回二枚くらいの短文だった。R書房さんへ依頼があったのを「林さん、書かない?」というので引き受けた。むろんペンネームを使っている。
正式な『彷書月刊』デビューは一九九五年十月号「神戸だより(7)五十九冊の本」。これは震災についての連載エッセイの一回分(書き手は毎回変る)。連載の世話人をしていたのは古書店街の草の加納さんだったと思う。九六年一月号の「神戸だより 震災一年」特集でも加納さんが巻頭に「神戸の記憶 きれぎれのメモ」を書いており、小生も「元気ダシテ」を寄稿した。拙文はどちらも『古本デッサン帳』(青弓社、二〇〇一年)に収めてある。
今月号、坪内祐三さんはレストラン「豆の木」のことを書いている。神田の白山通りにあった坪内さんたちが出版記念会でよく使った店で、二〇〇三年に九段下へ移転したという。ここは小生も一度だけ連れて行ってもらった。二〇〇二年五月一日。六本木で個展をやっていたとき。
《「八羽」を出て白山通りの西側にある「豆の木」へ移動する。出版記念会などで使われる店。ワインとイタリアン。肴に田村さんの風呂掃除の話がぶりかえされる。『彷書月刊』巻末目録の注目作について、あるいは、五反田の古書展に高級外車で乗り付け、もっぱら均一本ばかり熱心に漁る紳士についてなど。石神井さん、ふたたび、今日は洗い物をしてないからと、しきりに気を揉んでいるので、安藤氏が携帯で阪神戦の結果をチェック。案の定、敗戦。虎ファンがっくり。月の輪さんにんまり。安藤氏、編集長らしく坪内さんをさえぎって支払いを済ませる。十一時三十分頃、店の前で解散。内堀さんと水道橋駅まで同道。》
文中《洗い物をしてない》というのは洗い物をすると阪神が勝つという石神井さんの個人的なジンクスによる。それにしても、このときにはいろいろな人に出会ったなあと感慨深し。
その内堀さんは目録頁に橋本平八『純粋彫刻論』(昭森社、一九四二年)一冊を掲載し、エッセイを添えている。目下、三重県立美術館で開催中、十月から世田谷美術館へ回るジョン・ソルト氏のコレクションによる橋本平八と北園克衛の展覧会について。『彷書月刊』のそもそもの始まりについて。「日本のシュルレアリスム」特集(一九八六年九月号)について。および諏訪優さんについて。
「ホンの情報」欄では
季村敏夫『窓の微風』(みずのわ出版、二〇一〇年)を書影入りで紹介してくれた。有り難い。